博物館に遠い異国で発掘されて、運ばれてきた一枚の石版が他の発掘品と共に飾られている。
その石版には古の今は名も忘れ去られた王子が異形の竜と精霊や人々を率いている姿が彫られている。
…最近の研究で石版に彫られた文字を一部解読することに成功して、おぼろげながら内容もわかってきた。
「どんなことが書いてあるの?」
「…この王子様が敵の軍勢と戦って勝利した時の記念に作られたみたいという事までしかわからないんだ。
欠けていて読めない箇所が多いし、どうも他にも続きがあるみたいだからね、これが読めても…」
…どうやらこの博物館の学芸員らしい父親も残念そうにそう言うが
子供は納得いかない、父親に対してどんどん子供らしい…それでいて鋭い質問が飛ぶ。
それにどう答えたらいいのかわからなくて父親がオロオロとする。
その光景が面白かったのか、隣にいた青年がくすりと笑う。
「すみません、うるさかったですか?」
「いいえ、そんなことは無いですよ」
ほら、お前もお兄さんに謝りなさいといわれてもむくれたままの子供に、
青年が近づき子供の頭を撫でる。
「…この石版が気になるか?」
「うん、でも内容がわかんないとかつまらないよ」
「そうだよなあ……んじゃ、俺が読んでやろうか」
父親は最初は青年が適当なことを言ってごまかすのだろうと思っていた。
『…これは闇を継ぎし王子と黒き竜の詩、破滅の光との戦いの記録である』
朗々と青年の口から、辛うじて全文が無事だったので解読された文章が紡がれる様を聞き、
それが間違いだったことに気がついた。
青年が語ったのは遠い遠い昔の物語、
精霊がまだ人々の傍に暮らしていた頃
優しき闇の力、覇王の力を宿した若き王子が破滅の光に侵された人々や精霊を救う為に戦いました。
青年の話はあきらかに石版にかかれた文章よりも長くなっていく。
宝石の精霊に愛された虹の国の王子や、精霊に慕われる決闘者、
竜を操る騎士の話、あらゆる魔法を使いこなす魔法使い…
王子は沢山の仲間と共に破滅の光と戦いました。
破滅の光との戦いは熾烈を極め、幾度もなく王子が率いる軍勢が危機に陥ります。
でも…王子の隣にはいつも黒い竜がいて、全ての攻撃から王子を、彼の軍勢を守ります。
「…そうして、王子は破滅の光との戦いに勝ち、世界は救われましたとさ、めでたしめでたし。
…この石版はその時の王子の功績をたたえるために作られたモノらしいな」
「すっげー!!なあなあ、王子さまはそのあとどうなったの?」
「いやそれよりも君!! これが読めるのかね!!その物語はどこで知ったのかね!?」
キラキラと輝いた目の少年と興奮しきった父親にずずいと寄られて、青年が後ずさる。
「えーと、えーと………んじゃ、俺はこれで!!」
「待ちたまえっ!! 」「まってよー!! つづきー!!」
一瞬の隙を突いて、がっちゃとポーズとつけて青年は博物館から逃げ出す。
*
「…なんか俺不味いことした?」
『…不味いことしまくりだよ、十代のバカバカバカ』
博物館から逃げた後、たまたま見つけた公園のベンチでぐったりしている十代の傍に
ふわりとユベルが現れて冷たい目線で十代を見下しながらでバカを連呼する。
…そんなにバカとか連呼しなくてもいいじゃないか。
とても懐かしい気配がして、ふらりと寄った博物館で見つけた石版
…それには、遠い日の自分…の前世と、隣にいるユベルの姿が刻まれていた。
「あんな風に記録されていたなんて知らなかったからさー…ちょっと嬉しくて」
だって二人一緒じゃないか。二人の姿が描かれるなんて見たことない。
『…まあ、そうだけど』
まだ不機嫌そうだけど、ユベルが照れている。
…ああ、やっぱりコイツもちょっと嬉しかったんだ。とか思うと俺も嬉しくなる。
ユベルは他の人から見れば悪魔だ。
恐怖と不吉の象徴を次代の王である前世の十代と一緒に描かれることはなかった。
…自分の記憶が正しければなかったはずだ。
ユベルは優しいのにどうして皆は嫌うのだろうといつも心苦しく思っていた。
…一緒に戦った仲間の中には、ユベルの事を偏見なくみてくれる人もいたけれど。
『…もしかしたら、あの石版を作ったヤツは僕らが知っているヤツだったりして』
「あー、ありえるかもなあ」
誰が作ったのだろう、もう少し石版をみれば何かわかるようなモノを見つけられたかもしれない…
けれどあの親子に捕まるのは少々面倒なので…残念だけど諦めよう。
『…王子はそのあとどうなったの?…』
博物館であった少年の言葉を不意に思い出す。
「ハッピーエンドで終わればよかったのになあ…」
ため息と一緒にそんなことをぽろりともらす。
めでたしめでたしの後は意外に血なまぐさい。
破滅の光の脅威が無くなった途端、今度は強大な闇の覇王の力を持つ王子が人々は怖くなりました。
…本人にその気はなくても行き場を無くした強大な力が自分達に向くのを恐れたのです。
一人、また一人と色々な理由で王子から離れていきました。
王子自身が自分の問題に巻き込まれないようにと仲間から離れたこともあります。
傷ついて、傷ついて、辛くても、痛くても
傍に愛しい黒い竜がいつもいてくれたので平気でした。
でも、王子を守る黒い竜は狡猾な罠にかかって封じ込められてしまいます。
王子はとうとう一人になってしまいました。
…そうして、王子は
『…十代、やめて』
硬い声でユベルが制止する。
上を見上げると泣き出す寸前のユベルの顔が目の前にあった。
「…ごめん、思い出させたか」
『…バカ、バカ、バカバカ』
バカを連呼しながら抱きついてきた…次第に声が涙声になっていった。
実体化していないから、ユベルの涙が俺を濡らすことは無い。
その声を聞きながら…最後の時と一緒だなあ、なんて思い出す。
ユベルを封じた石版は遠く、遠く、とても遠い場所に持ち去られていた。
他の誰を失ってもかまわない、ユベルだけは取り戻したかった。
初めて自分のためだけに、感情のままに力を使った。
封印を守るために自分を殺すために向かう者には使うまいと思っていた力でねじ伏せて、
多くの罠を越えてようやくたどり着き、ボロボロになりながら封印を解く。
「…ユベル、すまない…おそくなった…」
『……!!………!!』
手が石版に触れるけど、まるでどこか遠いところにいるかのようにユベルに触れられない。
声が聞こえない。気配だけ感じる。
…それでも、傍にユベルがいるから安心した。
それで力が抜けてしまって、がしゃりと黒い甲冑がこすれる音を聞きながら崩れ落ちる。
赤い手形がユベルの石版についてしまって汚してしまった。
『………王子っ!!』
ようやく聞こえた声は酷くうろたえていて、ほろほろと音もなく涙が降り注ぐ。
泣かせてしまったのに…
久しぶりに見たユベルが、その泣き顔が少しだけ綺麗だなんて思いながら意識が遠くなる。
最後にだけどもう一度お前の顔を見れてよかった。
そんなことを思いながら涙を拭ってやる。
掠れた声で最後にごめん、と言ったのは聞こえただろうか?
それが最後だった。
「…やっぱ綺麗だな」
『何だよ、それ』
泣きやんだユベルがまた不機嫌そうに睨む。
…まあ、わかってもらおうとは思わないけれど。
「…あのさ、ハッピーエンドで終わればよかったのにとか言ったけどさ…
訂正する。俺は、『僕』は…幸せだったぜ」
勿論、今も幸せだけどな。とは付け加える。
『…わかんないよ、…わかりたくもないよ、そんなこと』
「いいよ、知っていてもらえれば」
『僕の当時の気持ちとか、どうでもいいわけ!?
あの時本当胸が引き裂かれるように凄く痛かったんだからね!?
って言っても十代にはムダだろうけど…本当昔から変わってない!!自分勝手だよ!!』
「今、一緒にいるからいいじゃないか」
『そういう…問題じゃない!!』
ぶつくさと長年離れた間に偏屈になった俺の精霊がぼやくけど
「愛している、ユベル」
『何を当たり前の事を今更…って、そんなことでごまかされないよっ!! 』
遠い遠い昔の話、…今では二人しかもう知らない物語は、ハッピーエンドで終わったのだ。
王子は最後に最愛の人に会えて、
黒い竜は長い年月を越えて、もう一度王子に逢えたのだから。
強引かもしれないけれど…それでいいじゃないか。