きみにもう一度会えたときのために歌を作ろう。
自分が見てきた世界の歌を
…歌なんて始めて作るのだけど、きみは気に入ってくれるだろうか?
「きみのためにうたう歌」
夜も更けた頃、月が綺麗だったから…たぶんそんなかんじの理由でふらふらと散歩に出た。
…明日にはデュエルアカデミア本校を去ってアークティックに戻るし
忙しくてこんなにゆっくり景色を堪能することも出来ないだろう。
『るび〜』
「流石にこれぐらいの距離で迷子にならないって、ルビーは心配性だなあ」
海沿いにルビーと二人、皆が寝静まって虫の声だけがかすかに聞こえる道を歩く。
潮風が気持ちよかった。
「…あれ?」
今は十代しかいないレッド寮の近くを通りがかった時、かすかに声が聞こえた。
(声っていうよりも、歌だな…それにしてもこの歌どっかで聞いたはずなんだけど、どこでだろう?)
思い出せないので首をひねりながら、なんとなく声のするほうへ向かうと
レッド寮の屋根の上で一人の精霊が歌っていた。
銀と青の髪を風になびかせながら、ユベルが見たことのないような優しい顔で歌っている。
(…あいつ、あんな顔できたのか)
最初に思ったのはそんなこと。
自分が知っている顔は邪悪な笑みを浮かべていて正に最高位の悪魔に相応しい姿だ。
自分や他の皆…そして十代を苦しめた邪悪な存在のはずなのにそうは見えない。
(…綺麗だな)
素直にそう思った。
不意に歌が途切れる。
『…覗き見とは趣味が悪いね』
不機嫌そうな顔が俺を見下ろしている。
「えーやめちゃうのかよ〜綺麗な歌だったのに」
続きは?と催促すると
『…は?』
呆れたような顔をした後、すぐにユベルが再び不機嫌そうな顔をして追い払うような仕草をする。
『……なんで君に聞かせないと駄目なんだい、帰れフリル』
「ケチケチするなよー!!お前、俺の身体使って色々悪さしたくせにー!!」
『ああもう、十代が起きるじゃないか!!』
「おー!聞かせないなら十代起こしちゃうぞー!!」
『馬鹿!!』
慌てたようにばさりと翼を広げてヨハンの傍に降りてきて、ヨハンを捕まえてずるずるとレッド寮から離れていく。
ある程度距離が離れたあたりで、小さく見えるレッド寮を気にしながらユベルがヨハンを離す。
『…十代は今ようやく眠れたのだから起こさないで』
「…十代どうしたんだ?何かあったのか?」
…真剣な表情だった。
あまりにも真剣な顔だったので思わずヨハンも真面目な顔をして聞き返す。
…そういわれてみれば、異世界から自分達よりも後から戻ってきた十代の様子はおかしかった。
せっかく戻ってきたのに引き篭もってばかりで…
ヨハンも自分の家族達の宝玉獣を返してもらったときにしか会っていない。
「おい、ユベル…お前まさか十代に何か…」
『………』
「いや…お前が十代に危害を加えたりはしないか」
唇をかみ締めるユベルを見て
…それから、ユベルという精霊の性格などを考えてそれは違うだろうと思いなおす。
この精霊は十代にだけは優しいのだ。他人にはまったく優しくないが。
「で、十代に何が起こっているんだ?」
改めてそう言うとユベルが
『はあ!?僕が何かしたとか思わないわけ!?』
と呆れたような声を出す。
「なんだよー実際違うんだろー?それに知る権利は俺にあると思うけど」
『…仕方ないか』
このまま突っぱねても、真実を知るために十代を起こされてはたまらないと思ったのだろう。
ぼつぼつと語り始める。
それはあの異世界でのユベルと十代の戦いの時まで遡る。
戦いの途中まではルビーが当時伝えてくれた情報と、戦いの一部を見守っていた翔から聞いたのとほぼ同じだった。
その戦いの最後に十代が選んだこと…
その結果、ユベルと十代がどうなったかという事。
「…普通、超融合でプレイヤー同士を融合とか思いつかないぜ…さすが十代」
でも、それでどうして十代が引き篭もることになるのだろう?
首をかしげているとユベルが今の十代の状態を説明してくれた。
『…今の十代には人間の遊城十代と精霊である僕という二つの魂が一つの体に存在している。
…僕はまだいい。
十代のまだ20年にも満たない人生の記憶は今まで過ごしてきた長い時間に比べれば短いし、精霊だ。
…でも十代は違う。覇王としての強大な力があるとしても、所詮は人間だ。
正直、僕の記憶や魂を受け入れて十代の存在が消えたり、発狂しなかっただけでも奇跡だよ…』
十代の馬鹿、僕の馬鹿、と小さく呟きながら
『…今も僕を受け入れた所為で凄く十代の精神や力、肉体は不安定で…
…まあ、それももうしばらくすれば収まるだろうけど…』
「そっか」
それで表にまったく出てこなかったのか
ユベルが俯く。アイツは身長が俺よりも高いからその表情がよく見える。
「…辛かったな、ユベル」
手を伸ばして、そっと頭を撫でようとすると…べしっとその手を払われる。
キツイ目つきで睨みつけられる。
『気安く触るなフリル、僕はお前が大嫌いだ』
「え、俺はユベルの事好きだけど」
残念だなあとか笑うヨハンにどう対応したらいいのかわからなくてユベルが困惑する。
『…どこらへんに好きになる要素があるのさ…』
「十代は親友だから、お前も親友だ!!…それに、喋ってみるとユベルって結構…」
『それ以上は言わなくていいよ!!』
頭を抱えてぶんぶんと拒否するユベルを見て、遠慮するなよとか思いながら、ふと思い出す。
「あー、そっか、さっきの歌どこかで聞いた事があると思ったら!!十代だ!!」
『いきなり話題変えたよ…』とかユベルが呟くががヨハンはそんなことも気にせず話を続ける。
「…異世界に飛ばされた時の夜、十代が歌っていたんだ!!」
異世界に飛ばされて、皆疲れ果てて眠った夜
…見回りのつもりで夜の学校を歩いていると十代が一人窓辺で歌っていた。
「調子狂っているし、どこかの言葉なんだろうけど
十代も意味がわかってないから意味不明の言語になっていたけど…うん、確かに同じ曲だったぜ」
『え…』
*
「へったくそな歌だなー」
「…うわっヨハン!!聞いていたのかよ!!」
歌い終わったあと、声をかけると真っ赤になって十代が飛び跳ねる。
「でも、すげえ優しい曲だな、なんて曲?」
「…実は、知らない」
知らないけど…
「…今の状況とは違うけど…小さい時、夜一人ベッドで寝ていたらさ
誰かが歌ってくれていたから、子守唄…なのかもしれない
この歌聴いていたら不思議と寂しくなかったんだよな」
なぜか懐かしくて、優しくて、ほんの少し切ないけれど嬉しい気持ちになる…そんな異国の歌。
「へー、親御さんが歌ってくれていたのかな?」
子守唄といえば親が歌うものだ。ヨハンはそう思って十代に言うと十代がうーんと唸る。
「…そうなのかな…まあ、誰が歌っていたかはわからないけど…
なんとなく、こういう寂しい夜はあの曲聞きたくなるけど…」
「歌ってくれる人いないから、自分で歌ってみたと」
「そうそう!」
でも、なんか違うんだよな。
誰かが傍にいてくれていたのにいないから駄目なのかなあ…
誰か思い出せないけど。
*
「ってカンジで言ってい……お、おいユベル…大丈夫か?」
『帰る』
覗き込んでくるヨハンに背を向けて翼を広げて飛び立つ。
今の顔は見られたくない。
ちらりと振り返ると
何か察したのかヨハンが優しい笑みを浮かべて見送っている
どうしてそんな表情をしているのかはわからない。
「おやすみユベル、十代にも明日は顔出してくれって言ってくれよ、俺帰るんだし」
『…ふん』
ひと飛びで十代の眠る部屋に戻ってくる。
十代は三段ベッドの一番下で眠っている。…少しだけ表情が苦しそうだ。
今も、僕の記憶に苦しんでいるのだろうか
寝汗を拭ってあげると安心したように安らかになる十代の寝顔を見て…
ヨハンに聞いた話を思い出して、泣きたいような気持ちになる。
僕の事を宇宙に棄てた十代。大人達の酷い仕打ちとはいえ僕の事を忘れていたのに
かすかな記憶でも…僕の作ったきみのための歌は覚えていてくれた。
ずるいよ、そんなの。
…今更、そんなことを知ってどうすればいいの?
あの時知っていれば、何か違ったのかもしれない。
…違っていればよかった。
僕が君を今こんなに苦しめているなら、違うほうがいいに決まっている。
でも君は終わったことじゃないかと微笑むのだろう。
…優しすぎて、つらいよ。
「…ユベル…さっき歌っていたか…?」
不意に十代が目をうっすら空けて僕を見ていた。
『…起きていたの?』
「いや、違うけど…」
どちらかといえば歌が聞こえなくなったから起きたかもしれない、なんていいながら笑う。
「歌ってくれないのか…?あの歌聴いていると安心して眠れる…」
『…仕方ないから歌ってあげるよ』
どうしてこんな言葉しか出てこないのだろう、もっと言うべき事あるだろうに。
「本当…歌では素直なのに…本当その減らず口はどこで覚えてきたんだ…?」
『煩い、明日も早いのだろう?さっさと寝てくれないかな』
そう言った後、ずれた布団をそっと掛けなおして、十代が瞳を閉じたのを確認してから
もう一度歌い始める。
…きみが安らかに眠れるように
きみのために作った歌を
きみのためにうたう。
fin
09/06/07up
ヨハンはユベルの事どう思ってるのかなあとか考えたら
以外にヨハンの事だからユベルに好意的なんじゃないかなとか妄想してみた。
あとは、ユベルに歌わせてみたかった。綺麗な歌を歌いそうなイメージがあるので
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