「パンジー」
『…ねえ、十代どこに向かっているの?』
「実家だよ、実家、…日本に戻ってきたわけだし、卒業後一度も顔見せに行ってないからなあ…」
アカデミアを卒業してからそろそろ数ヶ月。
今までアカデミアに通えていたのは両親のおかげなのだから、
本来ならばもっと早く行くべきだろうになんだかんだとずるずると今日まで延ばしていた。
別に、帰って来いとはいわれていないけど。近くに用事があるわけだし…一応、な。
ほんの少しバツの悪そうな顔をしながら十代が苦笑いを浮かべる。
夕暮れの道路をユベルと二人で歩く。
幼い十代と二人で歩いた道だ。
そこの角を曲がって青い屋根のある家の隣が十代の実家だ。
…懐かしい風景だった。
そう思いながら進んでいくと、思ったとおりの位置に十代の家がある。
「ただいまー…って誰もいないか」
鍵がかかっていたのだから当たり前なのだけど。
ポケットから数年ぶりに使う鍵でドアを開けて、家に入る。
リビングでごろごろとソファーに転がって一休みしているが、誰も戻ってくる気配は今のところなかった。
『まさか。帰るって連絡してないんじゃ…』
ふと、嫌な予感がして十代に聞いてみると、案の定連絡をしていないみたいだった。
「いいんだよ、あえないなら手紙だけでも置いていけばいいし」
よくないだろう、それ。
呆れたようにため息をつきたくなったが、その前に
『…ところで、さっきからどうして携帯を耳に当てながら喋っているの?』
「ああ、これ?これ…」
どさっと、何かが落ちる音がした。
振り向くと、中年の女性…十代の母親だ…が青い顔をして十代を見ている。
テレビに突然ノイズが走るように思い出す。
…十代、貴方誰と喋っているの?
ユベルだよ、おかあさん。
誰もいないじゃない、おかしなことを言わないでちょうだい。
きもちわるい。
ねえ…おかあさんとおとうさんにはどうして…どうして、ユベルがみえないの?
ぼくはおかしいの?
どうしてぼくをそんなふうにみるの?
おかあさんとおとうさんはぼくのことがきらいなの?
いまにも泣き出しそうな小さな十代を僕は抱きしめてあげることしかできなかった。
…あの日もこんな夕暮れだったね。
「母さん、ただいま……ごめんな、電話切るぜ。また連絡するよ」
携帯の通話ボタンをピッと切る仕草を見て。
あからさまに十代の母親は安心したような顔をした。
…ああ、なるほど。そういう事。
*
それからあとは、久しぶりに揃った遊城家の家族の家族団欒。
十代は夕飯も食べて、お風呂も入った。
自室に戻ってから、十代が疲れたようにベッドに転がり込む。
…実際疲れていた。
ウソをついた。
はじめて両親にウソをついた。
ウソをついた理由は至極簡単な理由で
面倒ごとを避けたかっただけだ。
…あの人達は俺からユベルの記憶を奪った過去がある。
今の俺とユベルをどうにかできるとは思わないけれど
万が一という事もあるから用心に越したことはない。
それに、あの人達は何も知らないままでいるほうが幸せだろう。
…そこまで考えてから
これって自分を今まで育ててくれた両親に対する気持ちじゃねえよなと苦笑する。
今になって思えば、記憶を操作されてからも両親は腫れ物に触るように十代に接していた。
あの人達は、俺の事が怖いのだ。
見えない誰かを友達だと言い、理解不能の力で誰かを傷つける十代という子供におびえていた。
…記憶を失ってからは普通の子供のようになったけれど
いつ、元に戻るかわからないからずっと監視をしていた。
…それはアカデミアに俺が行ってからも変わらなかったようだ。
子供だった十代は気がつきもせず、のびのびと成長できたのは本当に不思議だ。
記憶を取り戻して全てを知った俺は…別に恨んだりしているわけではないけれど
酷くひねた性格になってしまって、昔のように両親を慕ったりすることはもう無いだろう。
今日も久しぶりに家族が揃ったというのに、どこかぎこちなくて不自然に感じた。
お互いに、それは絶対に表に出さなかったけれど。
…他人事のようにそれを少しだけ寂しく思う。
『十代…』
俺の横に座ったユベルが悲しそうな顔をして俺の髪を梳く。
…そんな顔させたいわけじゃないのに。
確かにあの事件はユベルが原因だったけれど、もう終わったことだし、恨んでもいない。
だけど、こんな気持ちを抱いているだけで、こいつは自分を責める。
魂が融合しているというのもこういうときに困る。
上手くいかないなあ、
……大人になれば、もっと上手く立ち回って…誰も傷つけたりしないのだろうか?
見知っている大人の顔を思い浮かべて、そんなことは無かったなと苦笑する。
結局、成長して思い知ったのはろくでもないことばかりだ。
「…大人になるって結構大変だー…」
甘えるようにユベルに擦り寄るとユベルが体勢を入れ替えて俺を抱きしめる。
疲れたから寝るよ。と心の中で言って瞳を閉じる。
『甘えている間はまだまだ子供だよ』
ようやくかすかに笑ってくれたユベルの声を聞いて、少しだけ慰められた。
…そうして、ようやく疲れた体を休めたのだけど
その日の夢は、両親と子供の頃の俺が笑顔で遊園地に行くもので
…確かに、そんな優しい出来事はあったのだけど…今ではありえない風景で
もう戻れない酷く遠くて、優しい残酷なまぼろしに胸がいつまでも痛んだ。
fin
09/06/14up
十代が実家に帰るほのぼののハズが気がついたらなんか暗い話に
本編からかすかに窺える十代の親の情報を穿った見方したらこうなった。
救いがあるのかっていう感じで自分で突っ込みいれたいんですが
たまにこういう欝っぽい話書きたくなる年頃です。
タイトルの元ネタは新居昭乃さんのアルバム「エデン」に入ってる「パンジー」という曲
恐らく元の曲の解釈とはズレてるのはわかってますが、
ユベル→十代イメージ。4期以降は助けになりたいのになれないというジレンマ抱いてそうです。
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