「ランナウェイ フロム…」






パアン、乾いた音が響いた。
…一瞬、自分が叩かれたって気がつかないぐらい、なにがなんだかわからなかった。
いたいよ、痛いよ十代。
でも、どうして…十代のほうが泣き出しそうな顔をしているの?
『じゅ、十代…』
「悪い…一人にしてくれ」
…縋るように伸ばした手は避けられて、拒絶される。


そうして、僕は逃げ出した。




『いやあぁあん!!万丈目のアニキー!!こわいわぁん!!』
「だったらついてくるな」
『ええーだってぇー万丈目のアニキに何かあったら大変だものぉ』
『そうっすよーアニキー!!』
『それにアソコは俺らの巣みたいなトコだったしなー!!役に立ちますぜー!!』
イエーイと自分の周りを飛び回るオジャマ3兄弟を軽く蹴散らし、森の奥深くへ進む。
…こいつらの頼みごとなど聞くんじゃなかったと万丈目がため息をついた。


…いらなくなったクズカードを棄てる井戸からすすり泣く声が聞こえる。
お仲間かと思って近寄って様子を見てみると、なんだかトンデモないものがいるような気がする。
自分達ではどうにもできないので助けて欲しい、とのことだったけれど…

問題の井戸はすぐ目の前にある。
すすり泣きも聞こえる。
…しかし、だ。
じゅうだああいい、じゅうだいいいじゅうだいいいいい、どうしてじゅううだああい
「どう考えてもアレは…十代のバカ精霊だろ」
『だって、アニキにユベルがいるって言っても来てくれないでしょぉ』


…確信犯か、貴様ら。


『ひっく、ぐっす…』
『…はいはいよしよし…お酒もうちょっと飲む?』
『いる』
こういうのは大人の女同士のほうがわかりあえるのよ、
という事で黒蠍盗賊団の紅一点ミーネにユベルの相手をさせている。
ミーネが日本酒のビンを取り出すと据わった目のユベルがぐいっとコップを出してくる。
一気に酒をあおると、再び涙目になって十代十代としくしく泣き出してしまうが
…少しは落ち着いたのだろうか?
その様子を見て、はーっと深くため息をつく。
…あんなところで延々泣かれたり、また大暴れされても困るので仕方なく連れ帰ってみたが
「…知らないフリをしておけばよかった」
『でも、知らないフリができないのが万丈目のアニキよねー』
「うるさい」
オジャマイエローをびしっと跳ね飛ばして、ユベルのほうを向く。
そろそろ何があったか把握しなければならないし。
「おい、ユベル…十代と何があった?ケンカか?」
以前のユベルならまだしも…十代と共にこの世界に戻ってきたユベルは随分と丸い性格になっていた。
今のアカデミアには俺ぐらいしか精霊が見えないものだから、
ユベルと十代もこちらが見ていないと思っているのか
恥ずかしいぐらいにベタベタしている光景ばかり見る。
…十代はあんなことがあったのに、ユベルを見るアイツの視線は本当に愛おしいと思っている目だった。
だから、十代がユベルに対して怒るような事態が起こるという事が想像つかないのだが


『……たら、十代が怒ったの。そんなことは二度と言うなって』
「…すまない、もう一度言ってくれ」
思考の海に落ちていたので肝心なところを聞き逃したので聞きなおす。


『僕なんか存在しなきゃよかったのにって言ったのさ…だって、本当のことだろう?』
それはそうだが、うんとは言えない。恐ろしいし。
返事に困っている間に『おかわり!!』と言ってミーネに酒を注がせている。

それにしても、それを否定したということは
『…ってことはー…十代の旦那って…』
オジャマイエローがちらりとこちらを見るが、俺もオジャマイエローと同じ気持ちだった。

…つまりは

はーっとため息を一つついて脱いでいた上着を羽織る。
ユベルが飲むのと愚痴るのに必死で俺のほうに注意が向いていない今がチャンスだろう。
「…おまえら、今から十代のところに行くから、そのバカ精霊ここに繋ぎとめておけ」
『えええええっ万丈目のアニキ酷いわぁぁ!!ムリよぉお!!』
『酷いっス!! アニキー!!』
『ムリっすよアニキ!!あっちレベル10だぜー!?』
「うるさい、黙って言う事を聞け」
ついてこようとするオジャマ達をギュウっと押さえつけてブルー寮の部屋を出て十代の元に急いだ。


少し前まで住んでいた、見慣れたレッド寮のボロい扉を開ける。
立て付けが悪いものだからバーンと派手な音がした、部屋の住人が酷くビックリした顔をしていた。
「ユ、ユベ…なわけないか……万丈目?」
十代があからさまに落胆した顔をする。
「万丈目さん、だ!!…お前のバカ精霊が俺の部屋を酒盛り会場にしたからこっちに来ただけだ」
「…うわあ…ご、ごめん万丈目…」
「そう思うなら早く連れて帰れ」
「……そうなんだけど、さ」
歯切れが悪い。
これは長期戦になりそうだ。ため息をついて三段ベッドの一番上によじ登る。
「万丈目!?」
「…お前がユベル連れ帰らない以上、寝る場所無いのだから仕方ないだろうが!!」

そう言ってベッドに横たわるが、硬い上に狭いベッドで
下からは十代の呻く声で眠れるわけがない。
その声を聞いているとユベルと十代のケンカの原因を思い出して、俺まで悶々してくる。

ユベルには酷い目にあわされた。
だけど、十代はもっと酷い目にあわされた。
あれを愛というのは間違えていると思う。
それなのに、こいつは許した、受け入れた。
…それがわからなかった。

…嫌な沈黙がしばらく続いていたが、耐え切れなくなって十代に声をかける。

「…ユベルから聞いたが…お前はアイツが消えるべきだとは思わなかったのか?」
「………戦っている途中まではそう思っていたんだけどな。
万丈目達だけじゃなく、ヨハンには本当酷い目あわせたし、許せないとか思っていたんだけどさ…」
こういう事言うと、お前怒るかなとか思うんだけどさ。と前置きして

「俺がどんなにユベルに酷い目あわせても、憎しみぶつけても、
ユベルを宇宙に棄てたことを恨まないで、それが愛だなんて思いこんで
…本当は、ユベルだってそれが違うって事ぐらいわかってたくせにさ。
でも、そこまでしてユベルはどうして俺の事が好きだって言えるんだ?とか考えてたら
なんだかよくわからないけど、突然凄くユベルの事愛おしいなあとか思っちゃって
そこから後はぶわーっと昔の事思い出して」
どかーんとかごーっとか擬音で説明されたがよくわからない。

…よくわからないが

「…お前がユベルの事が好きなのはよくわかった」
「うん、俺はアイツの事凄く好きだ」
そう言って十代が笑う。
…人のノロケなど聞いていて気分のいいものではない。むかつく。

「俺はアイツを許してやらんからな」
「うん、許してもらおうとは思ってないよ、ユベルも…俺も」
許されないことをしたのだから、ずっとずっと、この罪を二人で背負っていく。
「……それは、卑怯だろう十代」
ユベルの事は許せなくても
ケンカをしたりすることはあっても、十代を本気で恨むことなんか出来るわけ無い。

「ごめんな、万丈目」
そう言う十代は…見えないけれどきっと笑っているのだろう。
悲しげに、儚げに、でも少しだけ嬉しそうに。


それだけお互いに好きあっているのだったら何故ケンカするハメになったんだ。
…少しだけ嫌な予感がする。
「…ところで、ユベルの事が好きなのはユベル本人にも言ったのか?」
「言ってないなあ」
「…言ってやらんか!!」
がばっと起き上がって思わず突っ込みを入れる。
はーっと大きくため息をつく。今日は何度ため息をつけばいいのだろう?


「十代行くぞ!!お前は肝心なところでいつも溜め込むから駄目なんだ!!」
「…いや、でも」
「さっさと仲直りしろこのバカップル!!いつも俺の前でいちゃつきやがっていたくせに!!」
「万丈目見てたのかよ!!うわあ…もう俺立ち直れない…」

夜の更けたデュエルアカデミアの敷地をずんずん進む。

「まったくわからん!アイツのどこがいいんだ!!」
「え、ユベル凄く綺麗だろ?あいつ、それを言うとすげえ嫌がるんだけどさ
…あと、泣いた顔が凄く可愛い。可愛くてくらくらする」
「あーあーあーあー!!ノロケはやめんかあああ!!」
「俺はアイツの髪とか梳いてやるの好きだなあ。さらさらだし、いい匂いするし。
意外に触られるのに慣れてないから、すっげえ固まるんだけど。
あと、手も好きだなあ…綺麗な指をしているんだぜ、カードを繰る仕草とか」

聞きたくないが、向かう場所が同じな以上聞かないといけない、なんという苦痛だ。

「万丈目も明日香の事見たとき、可愛いとか綺麗とか思うだろ?それと同じだと思うのだけど」
「天上院君をそんな目で見たこと……あるかああ!!」
「あ、なんか一瞬すげえ考えただろ」
延々と続く十代によるノロケ話に頭を掻き毟りながら、ようやくブルー寮の自室に戻ってくる。


「…あれ?」
「……いない?」
ぐでーと伸びている黒蠍盗賊団の面々。
『ア、アニキー!!』『おかえりなさいアニキ!!』『一足遅かったよぉアニキー!!』
ボロボロになったオジャマ兄弟が出迎えるが、ユベルがいない。
「おい、お前らユベルはどうした!!」
『えぇっと…それが…『もっと遠くに家出してやる』とか据わった目をしてどこかに…
アタシ達も止めたのよぉん?でも止められなかったのぉ…』

ああ、頭が痛い。
…というか、十代が真剣な顔をして黙っているが大丈夫だろうか?

「おい…十代」
「万丈目、俺のこと心配してくれてありがとう」
声をかけようとすると、十代がそれをさえぎる。
なにかの決意に満ちた目だった。
「行くのか」
「ああ、迎えにいってくる。逃げても追いかけて追いかけて捕まえてやるさ」
そういって、ガッチャ!!とポーズを決めて窓から飛び出していった。


その姿は、悔しいがかっこよかった。


『行っちゃったわね、十代の旦那…』
「まったく、世話にかかるヤツだ」
ふん、と鼻で笑いながら十代があけた窓を閉める。


「………」
もわりと漂う酒のにおい。転がる酒瓶。荒れ果てた部屋。


『ええっと…じゃあ、アタシ達はこれでーー』
『失礼するっス!!』『お休みアニキ!!』『黒蠍盗賊団撤収!!』
そう言って精霊連中はあっという間に主人を残して消えた。
「…っ!!貴様らああああ!!」
この部屋を俺一人で掃除しろというのか!!

結局…一人で掃除するのに朝までかかってしまい、寝不足になった。
「これもそれも全部十代のバカのせいだああああ!!はやく帰ってこんかあああ!!」
そういって海に向かって叫ぶが


…十代はまだ帰ってこない。







つづく?


09/09/07up

微妙に2本立てなSS一本目。
ミーネが実体化してるのはユベルのサービス。
お酒も盗りにいかせたりとかしたよ!!(酷)
いや、黒蠍盗賊団普通にアカデミアに潜んでいたから
実体化してれば普通に購買で購入したのかもしれませんが。

とりあえずバカップルのケンカに巻き込まれる万丈目可哀想SSでした。
万丈目は反応が面白くてかわいいのでスキだぜ!!


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