「目隠し外して崖の上で踊って」







「なんだったっけな、あれ」
昔読んだマンガにあった話だ。
そいつは目隠しをしているから歩いているすぐ傍が崖でも気がつかない。
落ちる危険が、道端に転がる石でこけてしまう危険があっても気がつかない。
無邪気に進み続ける。
まあ、人によっては動けなくなるのかもしれないけれど、
そいつはただただ前に進んでいた。

「最後に目隠し取れちゃうんだよな」

広がる希望も何も無い風景、黒い空間に細い、今にも崩れそうな足元、
その後はどうなったか覚えていない。
そのまま物語が終わっていたのか、続きがあったのか、

「まあ、少なくとも自分の想像していた景色とは違う景色だった、そんな描写があったはずなんだ」
「なんだそれ、全然救いが無いな、面白いのか?それ
日本人はたまによくわからないモノ描くよな」
「多分、子供がいつか大人になる、ならなきゃいけない、そんな比喩みたいなモノだったと思うのだけど」
他にも世界の歪みとかなんだかそんな重いテーマもあったような覚えがあるが
確かに面白くも救いも無い話ではあった。

「なんでそんな話を?」
ヨハンがデッキをシャッフルしていた手を止めて俺を見る。

宝石のようなキラキラした瞳、昔の自分もきっと同じ瞳をしていたのだろう。
楽しい事しか知らない、わからない。
目隠しをしていて無邪気に崖を歩く子供だった自分を思い出す。

今は世界に楽しい事ばかりでない事を知ってしまって、
沢山の罪を犯して、昔のようには戻れない。出来ない。
知ったことを知らないフリが出来なくて、
よくわからない衝動に任せて全てを壊してしまいそうで、
今日もこうやって俺以外誰もいないレッド寮でカーテンを閉め切って一人で過ごしていた。
一人でいたくて、もう一度目隠しをしたくて、
そうして過ごしていれば、また戻れるんじゃないかなんて淡い期待なんか抱いたりして。

…現実はそんなに甘くないが。

「あー主人公がヨハンに似た色合いだったんだよ」
「おいおい、やめてくれよそんな不吉なマンガの主人公なんか嫌だぜ」
「だよなー」

そんなことよりも、デュエルしようぜ?
とヨハンが笑う。

その話はそれでオシマイになってデュエルをはじめていた。
自分でも何を言いたいのかわからなかったから、それでよかったのだけど。

まあ、もしかすると…一人で過ごしていたいのに、こうやってヒマさえあれば
アークティック校に帰るまでとはいえ、
部屋に押しかけてくるヨハンに対する遠まわしすぎる抗議だったのかもしれない。


「なあ、十代」
デッキから手札を引き抜きながらヨハンが声をかけてくる。

「お前が俺を救う為に異世界に行って…ユベルと戦った後、
何を見たのか、何があったのかしらないけどさ…
今のお前、すっげえ子供みたいだぜ」
「はい?」
「俺は大人になったんだーみたいな顔してるけど…
どっちかといえば、遅れてきた反抗期って感じかな、
いろいろなものが見えるようになって、
楽しい事ばかりじゃないって事を知ってしまったから、拗ねてるって感じ」

「…別に拗ねてないけど、でもまあ、実際…楽しい事ばかりじゃなかった体験ばかりだからな。
一気に10歳ぐらい年取った気分だ」

ぺちりとフィールドに見立てた床の上にカードを置きながらそう言うとヨハンがますます面白そうに笑う。
「甘いぜ十代、大人になるってことは…えっと、日本の諺にイイ言葉あったよな、
酸いも甘いも嗅ぎ分ける?」
「酸いも甘いも噛み分けるだぜ」
「…ん?違いがよくわからない気がするけど」
しばらく違いを考えて、まあいいやとヨハンが笑いながら言葉を続ける。

「目隠しが外れたら、見えなくていいものが見えるかもしれないけどさ
…それ以上に、沢山のモノが見えてすごいじゃないか、それを楽しむ余裕が無きゃ大人じゃないと思うぜ」
暗い、細い、今にも崩れそうな道かもしれないけれど、道はどこかに続いている。
空を見上げれば星も輝いているだろう。
ほら、別に辛いことばかりじゃない。
まあ、たまに足を踏み外して恐怖に足がすくむかもしれないけれど。


…あの緑の髪の主人公も、目隠しが取れた後そう思って進んでいるのかもしれないじゃないか



「…あーヨハンがすげえ眩しい、俺は闇属性の悪魔族なのでその眩しさはある意味凶器だぜ」
「いやー照れるなあ」
そんな風に前向きに笑う友人こそ、確かに俺よりも大人なのかもしれない。

「まあ、いつか十代もこの境地に達することが出来るさ」
「…どうだか、ずっとこうかもしれないぜ?」
「そうだったら、俺が人生楽しめるように矯正してやるって」

俺には、まだその境地にまで達せそうには無いけど。
残念ながら、その境地に達してしまっているお前に嫉妬めいたものを感じて、
まだこの部屋に閉じこもってお前の優しさに甘えて、世界を拗ねた目で見ているけれど。

…お前がいるなら、
目隠しが取れて見えた世界を、起こる出来事を、
例え崖の上だろうと楽しんでしまえるようになるかもしれない。






fin



09/11/24up

3期後のヒキコモリにまでなってしまう十代なのですが、
あの状態をどうにかするにはユベルにはムリだろうな、とか
…逆に引きずられて二人でズーンと沈んでそうだし。
まあ、本編で色々あって復帰したわけなのですが
あの時もしもヨハンがいたら!ヨハンなら!!それでもヨハンならやってくれる!!
とか思いながらぼーっと書いたSSでした。
恐ろしいぜ虹の王子の浄化作用さすが妖精さん!!ヨハン怖い子!!

とか、ふざけてますが本当、こういう状態の十代どうにかできるのって最終回の遊戯とか
ヨハンぐらいだろうなとかは思う。

ちなみに十代に言わせてる目隠しが外れて崖っぷちという救いの無いマンガはそこがマジで最終回だった(笑)
比喩的表現だった覚えがありますが、流石に10年以上前に読んだマンガなのでウロオボエ。
タイトルすら覚えて無いんだぜ。

目隠しでエロプレイとかネタフリされたハズなのに方向性がずれた、そんなSSでした。

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