「覇王様の困惑」
ユベルとの戦いが終わって、この世界に戻ってきて半月ほど、
俺という存在は十代の中に溶け込んで消えてしまったはずなのに、
何故、俺はここにいるのだろう。
後頭部を酷く打ちつけて鈍く響く痛みと、古ぼけた天井。
そして、そんな俺を覗き込む慌てたオレンジと緑の瞳の悪魔の顔。
『う、うわ、覇王が分離しちゃってる…じゅ、十代本当に大丈夫なの!?』
「あーうー…うーん…うー…」
『じゅうだああああいいいい!!しっかりしてええええ!!』
状況がわからない。
痛む頭をさすりながら起き上がると、3段ベッドの一番下で呻く十代の頭が見えた。
…どういうことだ。
思わず自分の手を見ると、しっかり実体化している。
十代の体の所有権がこちらに移っているというわけではない。
「ユベル、説明しろ」
『そ、そんなこと言われても僕にも…』
ぎろりと睨みつけると、冷たいなあ、凄く冷たいよ覇王っでもそこが君らしくてとか
なんだか嬉しげな顔をしている。
役にたたん精霊だと思い、ふと周りを見渡してみると…そこらじゅうに精霊がウロウロしている。
まったくこれはどういう状況だ。
十代本人に聞くしかないのか、と思いベッドの傍に移動する。
「十代」
「あー覇王――…ごめんなあ…」
ゆらゆらとユベルと同じオレンジと緑の瞳が揺らめきながら俺を見る。
ユベルや俺と一つになってからずっと部屋に引き篭もっていたのだが、
いつも見せているような表情とはまた違う苦しそうな顔で、どうも顔も赤い。
…これは世間的に言う風邪という症状なのだろうか。
『…ちょっと違うみたい、ちょっと暴走気味?
溢れてる力が行き場を無くしてるっていうか…発散したらどうにかなると思うのだけど』
ようやく正気に戻ったらしいが、歯切れが悪いユベルの説明を聞いて、
十代の様子や十代十代と名前を呼んで心配げに周りを漂っている精霊連中を見て、
ユベルの言うとおり適当に発散すれば収まる状態だろうなどと、判断していると、
「覇王〜覇王〜〜…俺の代わりに…授業出てほしいんだけど…今日、出ないとやばい授業が…」
ぜひーと呻きながら十代がそんなことを言う。
「わかった」
『…ちょっと十代、それって大丈夫…なの?』
ユベルが心配げに俺を見る。
「十代のフリをすればいいのだろう」
『…じゃあ、ちょっとやってみてもらえる?』
俺は十代なのだから、それぐらい当然出来るのに信用されていないな。
少しだけ不愉快に思いながら、ごほんと咳払いをしてから、
「ガッチャ!!楽しいデュエルだったぜ!!」
ビシっと人差し指と中指と親指を突き出す独特のポーズを決めて
十代のキメ台詞と言えるソレを言ってみた。
それを見たユベルと十代が微妙そうな顔をする。
「…どうした、どこかおかしいか」
『発音は完璧だよね、ポーズも…』
「…でも、すげえな…声はあんなに楽しそうなのに顔が無表情だったぜ…」
あーでもいいか。
「どうせ、今日はデュエルするわけじゃないだろうし、出席さえすれば単位くれるって言ってたしな…」
ごそごそとおいてあるカバンを十代が漁り、顔の絵が描いてある絵を出してくる。
「出席終わったらコレつけて寝てていいぜ」
「わかった」
「あーでも、俺の服着てくれ、鎧はいらないから」
「…わかった」
これのどこがまずいのだろう、わからない。
そう思いながらも、一日だけのアカデミアでの生活が始まった。
*
「あ、アニキ…!!えっと、その…体、大丈夫…なの?マスクしてるし…風邪?」
十代をアニキと慕う…翔とかいう男が、教室に入った俺におずおずと声をかけてくる。
それに対して、ああ。と小さく返事をする。
「…今日の授業は出ないとマズイ、から」
「えっと、ムリしないでねアニキ、いざとなったら代返するから」
何故マスクをしているかといえば、
授業に出るギリギリまで十代とユベルによる演技指導をされたが、
…ダメだったらしい。
『いっそコレで風邪引いてるって事にすっか…顔の表情わかりにくいだろうし…』
とか、溜息をつかれた。
…どうしてかわからない。
わからないが、今のところ上手くいっているようだ。
そうこうしている間にチャイムが鳴って教師が入ってくる。
授業が始まるらしい。
生まれて初めて授業というものを受けたが、意外に面白いものだった。
「じゃあ、アニキお大事に、ちゃんとご飯食べなきゃだめだよ?」
「ふん!!あの騒ぎが終わってようやく出てきたと思ったら風邪だと!?軟弱なヤツめ!!」
「…素直じゃないなあ、万丈目君…心配してたくせに」
「だ、誰が!!」
ぎゃーわーと騒ぐ連中を横目に足早にレッド寮に戻ることにした。
レッド寮には十代しか住んでいないこともあって誰も通りかかることも無い。
マスクもはずしていいだろうと外してレッド寮に向かう。
空を見上げれば茜色に染まっている。青い空も見た。
十代の記憶で知っていることだったが、
異世界はいつも暗闇に閉ざされていたから、初めて見る風景だ。
だからどうしたという事なのだが、
この気持ちは…十代にでも聞けばわかるのだろうか。
自分にしては随分とぼんやりしながら歩いていると、聞き覚えのある声が崖の下から聞こえてくる。
別に覗く必要も無いのに、覗いてしまった。
そこにはもうすぐ自分達の学校に帰るらしいと聞いていたジムがワニのカレンと共に崖の下で何かを掘り起こしていた。
「ストップカレン!!…おや…十代?」
ぐわぐわと鳴きながらじゃれていたワニを笑顔で制止しつつ、
ジムが俺に気がついてにこりと微笑みかけて十代の名前を呟く。
「…あれ?十代じゃ…ない?」
適当に無視をしてその場を去ればよかったのに、
「覇王?」
名前を呼ばれてしまったから仕方無い。
詰め寄られたりしても面倒なので、今朝からの十代の様子を説明すると、
「概ね状態は把握したけど、なんていうか…吃驚したよ」
「邪魔をして悪かった、すぐに帰るから安心しろ」
「邪魔なわけ無いじゃないか、君も俺のfriendなのだから」
澄んだ片方だけの瞳がまっすぐ俺を見て、柔らかい微笑みを浮かべる。
「少し待ってもらえるかい?ちょっと片付けているところだったから」
「ああ」
化石堀りの道具だろう、大きなノミや刷毛を手早くまとめてザックに入れていく。
「ところで、覇王の事は覇王で…いいのかな、十代は違うし…」
「覇王でいい」
そうして、二人で崖にある細い道を登りながら他愛も無い話をジムが一方的に話してくる。
それに対して自分は相槌を適当に返すだけだ。
それなのにこの男は凄く嬉しそうだった。
もうすぐ本校から帰るから、この崖での発掘も終わりで残念という事。
出てきた貝の化石を宝物のように大事に撫でる。
「十代達ともお別れなのも寂しい、仕方無いことだけど」
それでも、また会うことも出来るだろう、卒業する前かもしれないし、卒業後かもしれない。
会おうと思えばどこにいたって会えるはず。
「覇王とももう一度…こうやって普通に話す機会があればって思っていたし、
こんなに早く叶ってよかった」
…崖の道が終わりかけたとき、そんなことをジムが言ってくる。
変な男だ。
ぱっと見ただけで十代と俺は区別もつかないはずなのに、すぐにわかってしまって、
十代じゃないのに、親しげに微笑みかけて
自分に何をされたか覚えてないわけではないだろうに。
お前は殺されたのだぞ。
誰でもない、目の前にいる、この俺に。
「Are you ok?覇王」
「……なんでもない」
この、お人よしが。と出そうになった言葉を喉の奥で飲み込む。
崖を登りきってしまえば、後はお互い行く場所は別々だ。
「…そういえば、ヨハンやオブライエンには会ったかい?彼らも覇王を見てびっくりしただろう?」
「いいや会っていない。それに俺を覇王だと気がついたのはお前だけだ」
「そうなんだ?少し意外だ」
十代の元に戻る。と言って歩き出そうとすると、後ろから声がかかる。
「wait!覇王…また今度会ったら…一緒にデュエルをしないかい?」
「馬鹿だろう貴様、死にたいのか」
「ここは異世界じゃないから大丈夫さ」
デュエルをしようと言われたら受けるしか無い。
呆れたような溜息を一つ零して返事をする。
「…貴様は強かった。戦う相手としては不足無い」
「じゃあ、次に会う時にでも是非お手合わせ願いたい」
ちらりと振り返り見た男は、馬鹿みたいに嬉しげな微笑を浮かべている。
振り返らなければよかった。
それじゃ、十代にお大事にって伝えておいてくれ、と言いながらジムは去っていった。
その姿が見えなくなるまで見送ってしまった。
もやもやする。
けれど、不愉快まではいかない。
よくわからない。
…十代やユベルに聞けばわかるのだろうか。
そうして、十代の部屋に戻ってくる。
十代の異常も随分と収まったようで、この様子ならば俺が十代の中に戻ることも出来そうだ。
「おかえり、覇王…どうだった?」
「どうという事は無い、問題なく過ごした」
予想外の出来事で過ごした十代の過ごすべき日常だったけれど。
…まあ、悪くは無かった。
そのことは自分の胸の奥に抱いたまま、十代の元に戻る。
「素直じゃないなあ、覇王は」
煩い。
「でも、楽しかったみたいでよかったよ、おつかれさま」
労いの言葉をかける十代を無視していると、
何故か十代が嬉しそうに笑う。
…まったくもって貴様達はわからない。よくわからない。
おわり
10/02/06up
今日は2月6日でジムの日と聞いたので、
もさもさ書いてたジムと覇王様のSSをアップ。
この組み合わせが好きだぜ!
覇王様はジム苦手だといい、(オブはお気に入りだといい。)
追いつめられた実力を認めつつも天然ぼけ系で苦手とか思ってそう。
まあ、ふつうの状態で連中会話してないから妄想ですがね!
ジムは癒し系です。
マンガは逆方向に突っ走ってるけどな!
胃がきりきりしてるよ!ジム好きだー!
それ関係でSS一本書いたのですが、単行本まだ未収録だからアップできねええ。
我慢できなくなったらアップするかもしれませんが。
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