「Sunny Day Holiday」
覇王様がメイドでジムが時計職人というそりさんのチクタクパロの設定に萌えて書いたSSです。
メイドの朝は早い。
台所のオーブンに火を入れ、朝食の準備や朝の掃除…などなど。
住人がハウスメイドでもある俺を含め、住人が2人しかいない、
この時計職人ジム・クロコダイル・クックの仕事場でもあるこの家の朝はとても忙しい。
まあ、2年もこの家に仕えていて…そんな生活も慣れた。
むしろ、主人であるジムはとても優しい、いい主人だと思う。
雇われた当時はほんとう最低限の仕事しか出来なかった俺に文句も言わず、
文字も読めなかった俺に読み書きを教えてくれた。
それに、
胸元から銀色の鎖に繋がった懐中時計を取り出して、時間を確認する。
時計職人で時計はいくらでもあるからって、こんな立派な時計を使用人に持たせて…
変だけど優しい主人だ。
ほんとうにいい主人にめぐり合えた、と思うのだが、
「グッドモーニング、覇王!!…朝食の準備もう終わっちゃったのかい?」
階下である台所にのんきな顔をして隻眼の主人が現れる。
「ジム!!台所に下りてくるなと何度言ったらわかるっ!!…お前は主人なのだ、大人しく部屋で待っていろ!!」
「う、うん。ソーリー!!あ、そうだ…今日は一日休みにしようと思うからお昼から買い物に出よう。
貸本屋で新しい本が入ったらしいって聞いてね、半日ぐらい覇王も休んでも構わないから、付き合ってくれるかい」
ざっと今日やるべき仕事の事を考えて、いくつかの作業はまた後日でもいいか、と思案した後、
…夕食は少々簡素なものになるが、それはジムも分かっているだろう。
ジムに向かって返事をする。
「…わかった」
「久しぶりの休日だからね、エンジョイしよう」
「わかったから」
ほら、早く行け、と追い出すとジムは今日の紅茶はアールグレイかあ、なんて嬉しそうに階段を上っていく。
まったく、メイドごときと一緒に外出するのがそんなに嬉しいものなのだろうか?
我が主人ながら理解できない。
…元々の家柄も悪くないはずで、メイドの扱い方などわかっているだろうに
ジムは今まで仕えてきた…先輩のメイドから聞いていた「ご主人様」像からは随分とかけ離れた存在だった。
…まあ、少々その行動が迷惑に感じるが、嫌いではない。
呆れるような溜息を一つ零して、朝食を載せたトレイを持っていく。
*
とことこと黒い服の少女が自分の斜め後ろについてやってくる。
貸本屋で俺が借りた本を大事そうに抱えてついてくる姿はとても可愛い。
無表情を装っているけれど2年も一緒に生活していれば、その微妙な表情の変化もわかるようになってきた。
(よほどあの本を借りたのが嬉しかったのかな)
彼女が読みたそうに眺めていたそれは料理のレシピ本で、
…だけど、使用人だから借りたいなんて言えない
…そんな風に我慢をしているように感じたから、代わりに借りたのだけど、
思った以上に喜んでもらえてよかった。
だからまあ、もっと喜んで欲しい、嬉しいなんて言って欲しいなんて思ったのは仕方無いことなのだ。
「覇王、ストップ。次はあの店に行こう」
「?…ああ」
一瞬首をかしげて不思議そうにした彼女の顔が笑顔で綻ぶのを期待したのだけど、
残念ながらそうはいかなかった。
「…覇王、覇王、こっちの柄なんか似合うと思うのだけど」
インド産シルクにしては随分と値段が安いなーなんてことを思いながら覇王に見せてみるが、
覇王の視線がなんだか冷たい。
「…あれ、気に入らない?こっちの赤いほうがいいかな」
ゴゴゴゴゴという擬音まで聞こえてきそうなカンジが。
「…ジム、いや。ご主人様…、これはどういうつもりなのか聞いてもいいだろうか」
俺をどうしたいんだ?
とか、言いながら睨みつけてくる。
…覇王、キュートなフェイスが台無しだよ?
っていうか、店員が逃げそうな勢いなんだけど、何かまずいことでもしたかな?
わからないけど、ここは素直に言うしかないだろう。
「いや、いつも出かけるときはその黒い服だろう?だから新しい服でも君にプレゼントしたいと思って…
布さえ買えば覇王は自分で仕立てられるだろう?」
それを聞いて一瞬覇王が変な顔をした…呆れたような、なんだか悲しそうな、
やっぱり呆れているような顔をして溜息を零した。
「…まあ、そんなことだろうとは思っていたが」
「駄目、なのかな」
「当たり前だろう。…考えても見ろ?そんな立派なドレスを着て…俺に夜会にでも出ろとでも言う気なのか」
マネキンが着ている綺麗に仕立てられた夜会用のドレスを覇王が指差す。
「あ」
指摘されて気がつく。
「わかったか、ならば行くぞ」
店員に邪魔をしたな、そう言って俺を店の外に引っ張っていく。
ガラガラと音を立てて馬車が道路を走る。
その横をスタスタと大股で覇王が進んでいく。
その後ろを追いながら、町並みをちらりと注意深く眺めてみる。
…こうやって落ち着いてみれば、確かにこの界隈は上級階級や中流階級を相手にする店ばかりだった。
彼女のようなメイドが利用するような場所ではない。
「…ソーリー、覇王」
確かに…あんな服を作ったところで彼女が困るだけとか、
落ち着いて考えてみればすぐにわかるじゃないか。
…いや、でも、あのレッドのシルクでドレスを作ったら彼女に似合うだろうな。
覚えもいいし、レディとしての立ち振る舞いを教えたら何処かの令嬢のようになるかもしれない。
たまにだけど、実家の縁でああいうパーティへの招待が来ることがある。
『彼女』がいなくなってからはすっかりご無沙汰しているけれど、
もしも出るようなことがあるなら…
…まあ、そんなことを想像したなんて知られたら覇王は怒るだろうけど。
しょんぼりと落ち込んでいると、ちらりと彼女が振り返る。
「ようやく気がついたか馬鹿ものが」
「うん」
「…まあ、布を購入してくれようとしてくれた件については…貴様にしては悪くない考えだったが」
いや、そうじゃない。
そういう言い方じゃなくて、とか覇王がうーとか、あーとかブツブツ呟いた後、
「市場に行く途中にある仕立て屋で欲しい柄の布がある、それでいい」
「え」
それって、と言おうとしたら、また覇王は前を向いてスタスタと道を歩いて進んでいく。
ぱあっと嬉しくなって早足で彼女の隣を歩く。
「OK!!何メートルでも何十メートル頼んでもらって構わないよ、覇王!!」
「そんなにはいらん」
「じゃあ、俺の服も縫ってもらおうかな」
「…仕立て代を貰うぞ」
ちらりと横を見れば、拗ねたような顔をして照れている彼女の顔。
想像していた笑顔とは少し違うけれど、まあいいだろう。
馬鹿みたいに笑顔で彼女の隣を歩いて、
能天気に彼女にはどんな柄でどんな色の布がいいだろうなんてことを考えていた。
*
メイドの夜は遅い。
寝るのは主人が寝るのを確認してから、
それに、今日は主人…ジムが貸本屋から借りてくれたレシピ本や、買ってくれた布の事もある。
仕事が終わって自室である屋根裏部屋に戻ってもなかなか眠れなかった。
随分と悩んだ末に彼と自分で選んだ布はシンプルで柄も無い深いワインレッドの布で、
少々自分には派手な気がしたけれど、ジムが随分と絶対に似合うと言っていたから、多分似合うのだろう。
外出用の服なんて別に黒でいいだろうなんて考えていた俺にはわからない。
まあ、ジムのセンスを信じよう。
だけど、頭のどこかで冷えた部分が囁く。
今はもういないジムの愛する人『彼女』が好きな色だった。とかいう事もあるんじゃないかと。
ありえない話ではない。
俺がこの家に雇われた最大の理由は、
溜息を一つ零す。
兄である十代が「溜息をつくと幸せが逃げるんだぜ覇王」なんて言っていたのを思い出すが、仕方無いだろう?
「…それも承知で、この家に雇われたはずだろう、愚か者め」
自分に向かってそんな自嘲めいた言葉を漏らして、ワインレッドの布を綺麗に畳んでトランクに詰め込む。
…こんな気持ちではどんな服を作ろうなんて思案する気分では無い。
忘れてしまえ、沈めてしまえ。
主人で、他の誰かを思っている男に惹かれてはじめているなんて、そんな気持ち。
「寝よう」
明日も早い。
いつも通りの日常に戻れば、いつもの冷静な自分に戻れる。
また朝になればジムが朝ごはんはまだ?なんて言いながら台所にやってくるのを文句を言ったり、
ジムの仕事を邪魔しないように静かに掃除をして過ごす、いつもの日常に、
時間があれば、服を仕立てたり、新しいレシピに挑戦したりして、
ジムが喜ぶ顔を見れれば…楽しかった今日の名残を感じるだけで、それだけで俺は十分だ。
それでいいじゃないか。
そう自分に言い聞かせて、ランプの明かりを吹き消して眠りについた。
おわり
ブラウザバックでお戻りください。
中世ヨーロッパというよりは、19世紀英国って感じなのは趣味です(オイ)エマの影響恐るべし。
覇王様→ジム→亡くなった彼女というトライアングル設定が萌えます。