「君のために紡ぐ音」










『おや、懐かしい。リュラーみたいな楽器だねぇ』

それは旅の途中、ヨーロッパ付近をフラフラしている時に、
楽器店のショウケースに飾られている古いけれど手入れのされたハープのようなものを見て、
ユベルがふわりと現れて懐かしそうに笑っている。

「リュラーってなんだ?」
『…僕の人間だった頃に使っていた楽器だよ、アレを奏でながら歌を歌うのさ
覚えてないかな、その調子だと』

少しだけ眉を意地悪そうに跳ね上げてユベルが笑う。

「…あー、覚えているような、覚えていないような」
異国情緒の溢れる青い髪に褐色の肌の子供が大人が奏でる大きな楽器を構えて美しい音楽を奏でていた。

ような気がする。

音声は無い思い出で、どんな曲を、どんな歌が奏でられたのかはわからない。

ただ、その美しい手が醜い鱗に覆われるまでには何度も、何度も何度もきっと聞いたはずだ。
その程度しかもう残っていない。

「……城に仕えている魔術師の爺さんに弟子入りする前から弾いていたよな」
『そうだよ、…それにしても、今は色々な楽器があるからもう無いのだと勝手に思っていたのだけれど、あるのだねぇ。
それに、これはとても良く手入れをされているね』
そっとガラス越しなのだけど、手を伸ばして愛おしそうに楽器のラインに沿って触れる。

「ふうん…」
なんとなくその仕草が寂しそうに見えたから、手が勝手に楽器店のドアノブを掴んでいた。
カランコロンと心地いい鐘の音が店に鳴り響く。

お店の主人は手入れされた楽器の優しい雰囲気に相応しい壮年の男性で、
この国の言葉はまだ不慣れなのだが、
たどたどしい異国の言葉と手振り身振りで意思を伝えようとする俺の話をちゃんと聞いてくれた。

店の主人がガラスケースに飾られたリュラー
…店の主人はもっと違う名前で呼んでいたような気がするが、似たような発音だったから上手く伝わったらしい、
それを持ってきて、持たせてくれた。

置いてあった丸椅子を引っ張り寄せて、うろ覚えの記憶を頼りに演奏できるように構えて、

(ユベル、ユベル、俺の体使っていいからさ、一曲弾いてくれない?)
『え、ええ!?そんなこといきなり言われても!!…も、もう何百年…いや、もっと長い時間触っていないのだけど!!』
言葉には出さず、ユベルにそう伝えると、無理だよ!! と珍しくユベルが泣き言を言う。

だけど、俺は折れないぜ?

(でも、おまえは覚えているだろ?俺と違って……俺が忘れてしまっても、さ

だから、もう一度聞かせてくれよ)

聴きたいんだ、お前の歌を。
今度は、忘れないように。

『そういうのは、本当ズルイよ』
そう言った後、しばらくしてから

しかたないなあ。とか困った顔をしてすうっとユベルの姿が消える。


どこか、意識が自分の体から離れているような感覚の後、
気が付けば、自分の体を見下ろしている。


「…あぁ、何時の時代でも基本的な構造は変わらないのだね」
俺の声だけど、明らかに俺のものではない声と共に嬉しげに弦を爪弾いている。

「じゃあ、弾くよ」
少しの間その感触を楽しんだ後、ユベルが深く深呼吸をして、祈りを捧げるように瞑目する。


張り詰めた空気が小さな店を包み、

ピン―――と、最初の音が弦から零れる。

遠い昔の、きっといつか聞いた事のある、リュラーの美しい旋律が紡がれ、
遠く離れたどこかの、もう既にどこにも無い場所や人達の事を想う、
もう誰もきっと覚えていないほどの古い言葉の歌がユベルから紡がれる。


それは、花の咲き乱れる春の光景であったり、夏の厳しい砂漠を旅するロマ達の旅の光景であったり、
秋の森深いところの風景であったり、真っ白になった冬の静かな風景だったり、
どこかで愛を囁く恋人達の姿や、誰かの悲劇だったりして、
喜びも、悲しみも、愛も、憎しみも、全て歌に昇華するような、激しく切ない旋律の歌。



あぁ……、と溜息が零れる。
きっと自分の体が自由に俺の意思で動くのならば、泣いていたかもしれない。

どうして忘れていたのだろう、という後悔と、
もう一度聞けてよかった、という喜びが入り混じって、ただ溜息が零れた。


そして、美しい余韻を残して、
ビィン、と弦から最後の音が紡ぎ出され、歌が終わる。


しばらく、余韻を惜しむように店の店主も、俺も、黙ったままだった。


その沈黙を破ったのは、ユベルだった。
「…終わったよ」
じゃあ、体返すからと言ってユベルが肉体の主導権を俺に渡して、心の奥のほうに引っ込んでしまう。
…どうやら、照れているらしい。

照れなくていいのに、とかおもった瞬間。
ユベルの演奏に感激した店主が早口で異国の言葉で演奏と歌を褒め称えている、のだと思う。
それに対して、「あはは、ありがとう」となんとか返事するしかない。
なんせ、演奏したのは俺じゃないのだから。

しばらくそんなことが続いたが、そろそろ行かなくてはいけないと伝え、立ち上がる。

そして、
「ありがとうな、オマエのおかげで凄くいいもの聞かせてもらったぜ」
ずっしりと重く感じる楽器を優しく撫でて、店主に返す。

ショーウインドウにもう一度飾られたリュラーと、
また演奏聞かせてくれよ、という店主にぺこりと頭を下げて、店を出た。





「おーい、ユベル…ってまだ引っ込んでいるのかよ」
一人、空を見上げ道を歩きながら声をかけてみるが、返事が無い。


…すごく綺麗な演奏と歌で、
音楽なんて、全然興味ない自分でもわかるぐらい、ユベルの演奏と歌は凄かった。

「…いいな、あんなのを毎日聞いていたのかよ、前の俺」

もう薄くて消えそうな記憶にいる自分の前世を羨ましく思うけれど、

でも、毎日二人で歌って、笑って過ごしていたのに、
自分は覇王の宿命を背負っていて、そのせいでユベルは人をやめて、
もうその手が楽器を奏でることは出来なくなった。

…それはどれだけ二人にとって辛かったのだろうか。
想像するだけで、ちくちく胸が痛くなった。

『…君が胸を痛めてくれるのはちょっと嬉しいけどさ、僕は…リュラーを弾けなくても…
それほど、後悔はしなかったよ?』

俺の感じた胸の痛みがユベルにも伝わったのか、
ユベルがふわりと隣に再び現れてくれた。

『…確かに、僕のこの手はリュラーを奏でることは出来なくなったけど…
まだ、歌は歌えたし、それに…

王子が、僕の代わりにリュラーを奏でてくれたよ。

君は覚えてないだろうけど、
僕は覚えている。

それに今日も、君は僕のために奏でてくれた。

だから、』

そんなに悲しい顔をしなくてもいいのさ。
と、ユベルが綺麗な笑顔を浮かべて俺の頭を撫でてくれた。

「…うん。それならよかった」
その言葉で、なんだかわからないが、胸が軽くなる。

『ふふ、今日は十代が優しくて、素直で可愛いなあ』
「…俺はいつでも素直で可愛いぜー?」
調子に乗って頬を摺り寄せてきたユベルを睨みつけるが、顔が緩んでいてはなんだか様にならない。


まあ、いいか。
そう思いながら二人で異国の街を歩いていく。

口笛でさっき聞いたばかりの曲をうろ覚えだけど、奏でると、
ユベルがそれにあわせて小さく歌う。

…その光景が、無音だった遠い昔の思い出に音をつけて、
少しだけ悲しかったはずのそれを、優しい思い出に変えてくれた。













fin









10/07/28up

リュラーとかリラとか言いますが、つまりはハープです。
リュートとか似合うだろうなあとか思ったんですが、
前世ユベルと前世十代が生きてた時代にリュートとかあるのかなーとか悩むなら
いつの時代だろうとありそうなものを使わせればいいじゃない。
というわけでハープもたせてみた。
随分前に書いた「きみのためにうたう歌」の十代とユベルバージョンともいう。
アレの時はヨハンだったので、

なんとなく、ユベルは芸達者なイメージあるんですよねえ
前世では城に引取られる前は旅芸人一座にいたとかぽわーんと思ったり、
歌とか楽器弾くの上手そうとか思いませんか!?私だけかな!!

まあ、なんとなくユベルに歌わせたかっただけなSSでした。いちゃいちゃばんざい。


目次へ