「君が誰かを好きになったなら」
「ちょっと思ったけどさあ、もしもユベルが十代以外のヤツ好きになったりとかしたら大変だよなあ」
どういう会話の流れだったのかは…確か、今のユベルと俺の状態をヨハンに説明していたらヨハンがそんな事を言ってきたのだ。
『はあ?何を言ってるのフリル、そんなこと絶対ありえないし』
「わっかんないぜー?世界は広いぞー?
ただでさえこのアカデミアだけでもかなりイイ男やらイイ女がいっぱいいるわけだし、
ユベルの好みストライクってヤツもいるかもしれないだろー?」
たとえば俺とか!!とかヨハンが言ったりしている。
…いつもだったら、そうだなーイイヤツがいればとか茶化したりとかできたかもしれない。
だけど、ほんの少し…本当にそうなったら俺はどうすりゃいいんだろう?とか思ってしまった。
まあ、すぐにユベルが『僕は十代一筋なの!!』と、抱きついてきたので拗ねたヨハンをなだめたり、ケンカ腰のユベルを止めたりして
…そんな考えを心の端のほうに押しやったわけなんだけど。
皆と別れて、今では一人きりになってしまったレッド寮に向かって歩く。
別にそれはいつもどおりの光景になってしまったのだけど、
夕焼けの綺麗な赤い光がキラキラ光りながら消えていくのを見ていたら
なんだか寂しい気持ちになってきて、
心の奥底に押し込んだはずの気持ちが出てくる。
それを、心の闇を糧にしているユベルが気が付かないわけがない。
ちらりと横を見れば、なんだかニヤーっと笑う悪魔。
「…なんだよ」
『べ〜つ〜にぃ〜〜?』
楽しそうだな、ちきしょう。
だから、なんとなく意地悪な気持ちになったのだ。
「たとえばの話なんだけどさ」
そう前置きすると、ユベルがうんうんと横で頷く。
「…もしも俺が誰かを本気で好きになったらどうなんだよ」
きっと、いつもみたいに軽く表情を硬くさせた後、大慌てで
ヤダヤダ、十代が僕以外のヤツになんてヤダ!!とかそんな事を言ってきて泣きついてくるんだって思っていた。
だけど、ユベルは困ったところなんかまったく顔に出さず、
…まあ、すこしだけ遠くを見るように、何かを思い起こすように、そんな顔をして
『僕は君が誰を愛しても、その誰かを愛した君ごと愛していくよ』
そう言ってふわりと微笑んだ。
「…なんだそれ」
拗ねた風にそう零すとユベルがするりと腕を首に絡めて抱きしめてくる。
『はいはい拗ねないの、…こんな風に思えるようになれたのは十代、君のおかげなんだよ?』
あれだけ捩れて狂った感情を、愛だと思っていた激情も君への恨みも君は何もかも受け入れてくれた。
『…そうだね、あの時…もう、このまま消えてしまってもいいんじゃないかって思うぐらいに僕は満たされた。
実際、消えてもおかしくなかったし、いなくなったほうが君や君の周りにとっても余計ないざこざを持ち込まないで済むし…
…でも、僕は今もここにいる。
…君にこのまま僕が存在していてもいいって思ってくれているんだって思ったら、
僕は何度でも満たされるような気持ちになれるんだよね』
それにね、とユベルが付け加える。
『僕には君にしてあげられない事がいっぱいあるからね、
…それをもし君に与えてくれる人が現れたなら、それは僕にとってもすごく嬉しい
僕も幸せな気持ちになれると思う』
「……ユベルは大人だな」
どう答えたらいいのかわからなくて、だけど何かを言わなくちゃとかぐるぐると考えた末に出てきたのは、そんな言葉だった。
『うーん、どうかな?
…本当の本当にそういう状態になったらわからないよねぇ。
ほら、僕がどうしても気に食わない相手だったりとかするとなおさら
逆にむかつくだろうし』
…ああ、なんとなく誰の事かはわかるが、あえて口には出さない。
というか、ユベルが気に入るような相手というのはいるのだろうか?
……美味しい心の闇を持っているような連中とかかなあ?と考えて浮かんだ面々を思い出して、それは今度は俺がお断りだ、とか思うけれど。
『ま、十代が本当に誰かを好きになるとしても
その相手はこの僕に認められるような素晴らしい人に違いないからね!!
きっと僕よりも十代を幸せにしてくれるんだよね?
そうじゃなきゃ死ぬほど酷い目にあわせるだけだし』
「…あーそれはすげえハードル高いなー…」
苦笑していると、
『ふん、僕から十代を奪うならそれぐらいしてもらわらなきゃ、それでも最低限なんだからね?』
そう笑うユベルはすごく嬉しそうだった。
…そんな姿を見て、ユベルの事だから本当に俺が誰かを好きになったりしたら
こいつはなんだかんだと言いながら身を引くのだろう。
我慢とかじゃなくて、俺が幸せになるのなら本当に実行するのだろう。
「…俺はそんな風には考えられないなあ。
お前が誰かの事を好きになるとか…頭じゃそういう可能性だってあるわけだしとか思っていてもさあ、
そういう状況になったらそんな風に余裕なんか無いぜ?
…というか、考えるだけでも嫌だし」
はあ、とため息を零しながらユベルを追い越す。
……あれ?なんだか反応が無い。
いつもだったら何かしら突っ込みいれてくると思いながら後ろを振り返ると、
ユベルがなんだかフルフルと震えている。
「ユベル?」
『…っは!!え、う、うん!!』
「…大丈夫か?なんか、顔赤いような…って夕日のせいか?」
ユベルに触れようとして伸ばした自分の手が真っ赤だから、そんな風に自己完結したのだけど。
『そうだよ、夕日のせいだよ』
はああ、とユベルが盛大にため息を零す。
ああもうそういうこと不意打ちで言うとか無自覚だし本当やめてほしいよ!!
嬉しいけど!!
でもやっぱりなんだか不意打ちでむかつく!!
とか聞こえたような気がするけれど、よくわからない。
「なんだよ、はっきり言えよ…」
『いいよ、言ったらなんだか負けた気分になりそうなんだもの!!』
「…勝ち負けの話だっけ?」
首をかしげているけれど、ユベルは答えてくれない。
ある意味惚れたものが負けという会話ではあったような。
…そういう話だよな、これ、とか思って
そう思うとなんだか恥ずかしいような嬉しいような気持ちになって、レッド寮に向かい歩く速度を早くした。
12/09/05up
なんということでしょう、半年近くサイトを寝かしまくってました。
別件の趣味が時間のかかる趣味なためにほったらかし状態でしたが元気です。
という近況はさておき。
自分の書いた文章とはいえ、半年近く寝かせまくったSSって読むと他人が書いたモノみたいで新鮮!
という気分をただいま満喫中です。
なんだラブラブじゃないかという話ですが、
十代にも何か機会があれば、本当誰かに恋愛したりとかする可能性はあると思うんですよね
(一番惜しいトコまで来ていたのは明日香さんだと思う)
でも逆は無いわー、ユベルは一筋だろーだろー!!(ただし前世王子の事になると別)
という話でした。我が脳内の十代は大変ユベルに独占欲強すぎて困る。
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