1:雨の日の魔女
デュエルをすればモンスターは実体化して、人を傷つけることしか出来ない
この力が嫌いだった。
家に帰りたい。ずっとそう願っていたのに、
絶海の孤島にあるこの学校に捨てられた私は帰れない。
そう、私は両親に捨てられた。
この学校にも私の居場所はない。
ばけもの、
ばけもの、
きもちわるいのよあのこ、
やめなさい、けがするわよ、
そう言われるのがいつの間にかそれがふつうになっていて、拒絶されるぐらいなら、こちらから拒絶する。
そうすれば傷つかない。
それでいいと思っていた。
だけどどうしても胸が痛い。
ざあざあと雨が降る中どこにも行く場所がなくてさまよう。
寒くて凍えそうになっていたら、打ち捨てられた廃寮が見えた。
あそこ、ゆうれいがでるんですって
そんな噂のある廃墟だ。
ほかにもいろいろあった気がするけれど、そんなことをはなしてくれる友達もいないから、わからない。
扉を押すとぎい、ときしんだ音を立てて扉がひらく。
半地下になっているようで階段がみえる。薄暗い部屋だけどずいぶんとスペースがあるらしい。
とりあえず、雨がしのげればいい、と思って中に入り、扉を閉めたとたんに
「だれだ?」
男の子の声がする。
びっくりして思わず逃げようとすると、
「わわ、逃げるなよ、外はひどい雨だろ?雨宿りしていけよ、電気付かないけどさ、外よりはましだぜ」
そういわれればそうだったから声の主のとおりにしておくことにした。
「濡れてる、風邪引くぜ」
すっと暗闇から包帯ぐるぐる巻きの手が真新しいタオルを差し出してくる。
ありがとう、と小さくいって体を拭いていると
声の主がなあなあ、と言いながら声をかけてくる。
「なあ、アンタってブルー寮の子?って女子は全員ブルーだよな」
「そういう貴方は、ブルー?イエロー?」
「いや、俺はここの生徒じゃないんだ、正確には元生徒。
今は、そうだな、療養中ってところ、かな」
「じゃあ、貴方はこの寮にでるって言う幽霊?」
歯切れの悪い言葉に思わずそんなことを言うと
声の主が笑い出す。
「うわー、俺のことそんな風に言われているんだ、
いやまあ、確かにたまにここにきて過ごしたりしてたりしたけどさー、それにしても幽霊とはなあ」
「違うの?」
「違うさ」
俺は悪魔なのさ。
ひどくまじめにそう言う声の主に思わず笑ってしまう。
「うわ、ひでえ大爆笑された」
「だって、貴方自分でなにを言ったのかわかっているの?」
「ちぇーひでえなあ」
暗闇の向こうで少年が口をとがらせるような仕草をしているのが見える。
「まあでも、いいかーなんかアンタ笑ってくれたし」
「え?」
「ここ入ってきたときの顔、今にも自殺しそうな勢いだったぜ?
ああ、いやなことあったのなら今は忘れておけばいいからさ、俺も聞かないから」
あわてたようにそう言う声には、先生たちが私の機嫌を損ねないための媚びへつらう声とは違っている。
本当に、心配してくれている声だった。
「私のこと、しらないの?」
「うん、しらない、あ!自己紹介忘れてたよな!俺の名前は十代っていうんだ」
「私は、アキよ」
言った後にしまったと思ったけれど、私の名前を聞いてもアキか!よろしくな!と軽やかな返事が戻るだけだ。
この十代という子が、ここの生徒ではないというのはよくわかった。
たしか生徒用の療養施設があったから、そこにいつもいるのだろうか、
それでも生徒でない人間がここにいるなんてどういうことなのだろう
元生徒だったということが関係しているのだろうか
なんて考えていたけれど
それから、十代がなあ、今のアカデミアってどんな授業しているの?と聞いてくるので
それに答えるのに精一杯で疑問はすぐに忘れてしまった。
「あーいいなーデュエルしたいなー」
ちらりと先ほど見えた包帯まみれの手はとても痛々しかった。
たぶんできないのだろう。
「アキもデュエリストだろ、やりたかったな。
俺、結構強かったんだぜ」
過去形だった。
だけど、私はデュエルはしたくなかった。
だから十代ができなくてよかったと思った。
「どうしたんんだ、アキ」
「ううん、なんでもない」
「アキはデュエル嫌い?」
「わからない」
最初は大好きだった。
パパと一緒にデュエルするのが楽しかった。
望んだカードを引いたとき、
私のエースモンスターが現れたとき、
胸がどきどきして楽しくてたまらなかった。
でも、今は
「だって、私とデュエルしてくれる人が誰もいないもの」
ぽろりと涙がこぼれる。
「よかった」
十代が笑う。
「なにがよかったの?こんなにつらいのに」
「アキがデュエル嫌いじゃなくてよかったとか思ったからさ」
「どうしてそうなるのよ」
「だってそう言っているだろ?」
「言っていないわ」
思わずむすっとしていると、十代がよーしとつぶやく。
「アキとデュエルするために俺もがんばろうかなあ」
え、と思わず言葉が漏れる、
そんなの、困る。
だって私とデュエルをしたら。
十代くーん、と遠くから呼ぶ声が聞こえてくる。
「うわ、やべえ。大徳寺先生」
じゃあ、俺行くよ、いつかデュエルしようぜ、約束したからな、
と一方的にいって十代がドアをあけて外にでようとする。
開かれたドアから明るい光が射し込む。
いつの間にか雨はやんでいたらしい。
十代の顔を見ようとしたけれど、急に明るくなって瞳が明るさになれてなくて、逆光になって、見えなかった。
茶色の髪と赤いジャケット。
ちらりと見えた姿は同い年ぐらいに見えた。
「あ、俺。こういう雨の日とかにここによく来るから。
またあおうな、んで、いっぱい話聞かせてくれよアキ」
「う、うん」
思わず頷いてしまった。
だめじゃない、そんな約束までして。
本当のことを知ったら十代は私のことを嫌いになるのに。
だめだ、断らなきゃと思って思わず十代を追ってドアの外に飛び出すけれど、
もう、誰もいなかった。
「今度あったときに、断らなきゃ」
だけど、少しだけだけど、楽しかった。
それが、十代との初めての出会い。
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