2:はじめてのともだち



次に雨が降った日、私はまたここにきてしまった。
きたのは、十代にもうこないと言うためだ。
もう関わっちゃいけないんだと思いながらきたのに、

この前の部屋の前で赤い帽子をかぶった少年が待っていた。
相変わらず包帯に包まれた手をぶらぶらさせながら
きょろきょろと誰かを捜すように。

「あ!アキ!」
私の姿を見つけて
きてくれたんだ、とうれしそうな声が響く。

その声を聞いたら、私の顔を見てそんなにうれしそうな風にされるのなんて、どのぐらいぶりかだったから

もう来ない、それだけを言いにきたはずなのに言えなかった。

今日も他愛のない、どんな授業をしていたのか、どんな食事を食べたのか、そんな話をする。
「あードローパン食べたいなー」
あっちだと、そういうの出してくれないしさ、
たまに見舞いにきてくれる友達が持ってきてくれるけど、
年に1度か2度きてくれるだけだから。
そういって足をぶらぶらさせる。

ちなみに、今日はあの暗い部屋ではなく、2階の部屋を繋いでいる廊下でしゃべっている。

「ドローパンって購買に売ってるパンよね、私も食べたことない」
「ええ!それはもったいないよアキ!食べなきゃ!」
黄金の卵パン美味しいんだぜ、一日一個しか出ないけど。
他のパンも勿論美味しいぜ、たまにカードも入ってるんだ。
熱烈にドローパンのおいしさを熱弁される。
「う、うん。」
今度買ってみる、と言うとうれしそうに十代が笑う。

「あ、そろそろ雨がやみそうだ」
戻らねえとなあ。と十代が帰ろうとする。

言わなきゃ、言わなきゃ。

「十代!」
「じゃあな、アキ。また今度」

帽子から口元だけ見えるのだけど、楽しそうな笑みを浮かべていて

「また、今度」
十代にそう返事してしまった。
もう来ないなんて、言えなかった。


たぶんきっと、言えない。
十代と過ごす時間は優しくて、楽しいから。




十代に会った次の日。今日は晴れ。
購買に行ってみた。


「ドローパンください」
購買で初めてドローパンを買ってみた。

お昼。相変わらずひとり。

誰も近寄らない木陰で一人、もそもそとパンをかじる。
…ジャムパンだった。
美味しい、そう思いながらもくもくと食べていると
「…美味しそうだな」
自分の頭上から声が降ってきた。
びっくりして見上げると、一人の男子生徒が木の上で器用に座っていた。
「…すまない、びっくりさせたか」

髪の毛はツンツンと逆立ち、ところどころに金色のメッシュが入れてあり、顔には刺青のような黄色い線が入っている。
随分と派手な外見なのに、随分と丁寧な口調だ。
じりじりと下がっていこうとすると

「…本当にすまない、ここで昼寝をしていたのだが…君が来てしまって」
「そう、それはごめんなさい」
慌てて謝られるけれど、係わり合いになりたくないから小さく謝って立ち去る。
十六夜と声をかけられたけれど無視をする。

だって、あの人は私の名前を知っている。
だから私が黒薔薇の魔女と恐れられているのを知っている。
媚びも恐怖もいらない。

私は拒絶する。
傷つきたくないから。



また雨の日。
私は十代に会いにきた。

初めてドローパンを食べた日、邪魔をされたことを十代に言うと、逆に十代が私を窘める。
「…それはアキ、その人に可哀想だろ?」
「…だって」
「だめだぜ、アキ…もしかしたら友達になってくれるかもしれないじゃないか」
「いらないわ、友達なんて」
ぎゅうっと制服の裾を握る。
「こうやって十代とお話できるだけでいい、お友達なんか十代以外いらない」

沈黙がおちる。
迷惑だっただろうか、友達なんて言ってしまって、勝手に友達だなんて思ってしまって。
苦笑するようなため息が聞こえて、ぽんと、十代のごつごつした手が私の頭を撫でる。

「ダメだぜ、そんなこと言ったら…」
「…めいわく?」
「違う、そうじゃないんだ、そうじゃない…嬉しい、でも…」

はーー、ともう一度十代がため息をつく。

「俺は男だし、っていうか、アキからしたら正体不明だし、こんなカラダだし…
色々まだ話していない、隠してることとか…いや、そうじゃなくて…うー」
なんだか帽子からちらりと見える十代の顔が赤い。

「あのな、俺だけでいいなんて事言ったらダメだぜ?
…そんなこと言われたら勘違いしちまうだろ?」
「…何を?友達は友達でしょう?」
「あああーーーーまだわからないよなあ、おこちゃまだもんなアキは」

ぐしゃぐしゃに髪の毛をかき回される。

「でもそうだな…俺もアキの事好きだぜ、うん、友達だな俺達」
「…うん」
「アキを傷つけるヤツから俺が守ってやるから…ってまあ、ロクな事できないけど」
「…ありがとう」

その後は、ああもう、なんだかすっげえ照れること言ったから!!
恥ずかしいからって十代が雨の中駆け出して帰ってしまった。
あまりに突然だったから、ぽかんと見送ってしまったけれど、
十代の慌てっぷりが凄くおかしくて、面白くて、笑いながら見送ってしまった。


次にあった時にはどんな顔で私にあってくれるのだろう?
そう思うと、雨の日が待ち遠しかった。





ちょっとだけムリをしたから体が痛い。
痛いから暴れだしたくなるような体を押さえつけていると懐かしい声が聞こえた。
「…大丈夫か?十代」
「…また無茶をしたのだろう、まったく…」
「あ、ヨハン、エド」
久しぶりと笑おうとするけれど上手く笑みの形を作れているだろうか?
それよりも、俺はちゃんとこいつらの知っている十代の姿のままでいるだろうか?
歯を食いしばりながら、力を使ってなるべく人のような姿を保とうとするけれど…だめだな、こりゃ。

「…やめろ、十代…俺達はお前の姿がどうだって気にしてないのだから」
ヨハンが優しく俺の肩を叩いて止める。
「…うん、そうだな、わかっているけど…」
ぼそりと呟く。

「…友達が出来たんだ…雨の日ぐらいじゃないと俺の体、人っぽく擬態できなくてさ…
雨が降った日にしかあえないけど…今の俺じゃデュエルも出来ないけど
いつか、一緒にデュエルしようって約束したんだ」

だけどこのままじゃ、デュエルなんか出来ない。
デュエルをしたら、大変なことになる。

「…そうか、とりあえず…大人しくしていろ。消耗しているだろう?
そんなことじゃ何時までたっても回復しないぞ」
「…あー、エドがすっげえ優しい、明日は雨だな」
「フン、減らず口を」
じゃあ、用事をすませようかとヨハンとエドががさがさとお待ちかねのモノを荷物から取り出してくる。

その様子を見ながら、
本当に明日が雨だといいなと思いながら…ぼんやりと天井を見上げた。






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