3:変わる世界はただ楽しくて




雨がなかなか降ってくれない。
晴れた日、こっそりと休み時間にあの廃寮に向かったけれど、誰もいなかった。
約束は雨の日だから、いるわけないのだけど。

ため息を一つついて、来た道を戻ろうとすると、黒い髪に金色のメッシュをした少年がこちらに向かって歩いてきている。
…私に用事があるわけが無いと思ったら、にこりと微笑まれた。
「十六夜、ここにいたか」
「…何か用ですか」
「…先日はすまないことをしたと思って、本当に邪魔をするつもりはなかったんだ」
ぺこりと丁寧に謝られる。

「降りようと思ったら、君が来て昼食を始めてしまって降りられなくなって、
君がいなくなるのを待とうと思っていたのだけど…
あんまりにも十六夜が美味しそうにドローパンを食べているから、つい…
本当に君の気分を害するつもりはなかった。それだけはわかってほしい」
「い、いいわよ、気にしていないから」
顔をあげてくださいと、言うと
そうして、じゃあ、それだけ言いたかっただけなんだと言ってそいつは去ろうとする。

「あ…」
雨の日、十代が言ったことを思い出す。
…もしかしたら、友達になってくれるかもしれないぜ?

そんなことは無いと思うけれど、そう、名前を一方的に知られているだけなんてイヤだっただけなのだから。

「あの、名前…」
小さくそう呟くと、振り向かれた。
「不動遊星だ」
そう言ってふわりと微笑まれて、その人は、遊星は去っていった。





今日も雨が降らない、窓から空を見上げていると、唐突に声をかけられた。
「ねえねえ、君が十六夜アキって子?」
「…おい、ヨハン」
流暢な日本語で話しかけられる。
誰だなんて、世間に疎い私でもわかる。
にこにこと私を見ているのが世界に一つしかない宝玉獣デッキの使い手ヨハン・アンデルセンで、
そんなヨハンを呆れたように見ているのがプロデュエリストでD・HEROデッキの使い手のエド・フェニックスだ。

そんな超有名人が後輩達の講義のために
年に1、2回プロリーグの休みの間にアカデミアに来ているというのは知っていたけれど、
超人気のその講義は3年生向けなので私は出ていない。
なのに、どうして私の名前を知っているのだろう?

その疑問はあっさりとわかった。
「ふーん、十代から聞いていたけど…本当に綺麗でかわいい子だな」
「え、十代と…知り合い、なんですか?」
おずおずと尋ねるとヨハンとエドがあっさりと認める。
「おう、俺とエドは十代の友達なんだ」
「不本意だがそうだな」
エドはふーとため息をついているけれど、まんざらでもない、という顔をしている。
「あいつさ、治療のためにこの島にいるけど、ここ…南海の孤島だろ?
連絡はこまめに取り合っているんだけど…
なかなか見舞いに来れなくてさ、いつも心配していたんだけどさ…
アキみたいなかわいい子がいるなら安心したぜ、これからも十代と仲良くしてやってくれよな」
「…はい」
ぽんぽんと頭を撫でるヨハン、ちょっとだけその仕草が十代に似ているなんてことを思った。
「まあ、アイツが馬鹿な事をしたら容赦なく撃退してかまわないから、ほどほどに付き合ってやってくれ」
「…はい」
エドにはテレビなんかで見るような営業スマイルじゃない、綺麗な笑みで微笑まれた。

「おっと、そろそろ時間だな」
「やれやれ、今度は何処だった?」
「じゃあ、アキ、またな!!十代にもよろしくと言っておいてくれ」
そう言って二人は去っていった。

…なんだかすごい人と友達になってしまったみたい。
十代って本当はすごい人なのかな、
吃驚した、そう思いながら、二人が視界から消えるまで見送ってしまった。





その次の雨の日、約束の日にこの前の事を十代に言うと

「うわーそっかあ、ヨハンとエドに会ったかーあいつらになんか言われなかった?
…俺の学生時代の失敗談とか」
ぽりぽりと恥ずかしそうに言う十代にふるふると首を振る。
「ううん、十代をよろしくって」
「はーよかった…よけいな事をアキに言ってたらどうしようかと思った」
へにゃりと手すりに伸びる十代の、相変わらず包帯に包まれた痛々しい手を見ながら
…聞いてみようと思っていたことを聞こうと思った。

…あいつさ、治療のために…

「…十代はなんだか病気か、怪我の治療でここにいるのよね、雨の日にしか来れないのも…その所為なの?」
ずっと帽子を被ったままなのも、
南海にあるために気候も南国に近いのに長袖をずっと着ているのも、

「あー…うん、そうだな」
ぎゅうっと帽子を深く被りなおす十代。
「俺さ…ちょっと前に酷いケガしてさ…その後遺症で太陽の光とか全然だめでさ、
晴れた日なんか目が痛くて痛くて、開けてられない」
「…じゃあ、まさか、本当は雨の日も…辛い?ムリ、していない?」
「…大丈夫、帽子被ってるから」
だからアキはそんな顔するなって、大丈夫だから。とぽんぽんと頭を撫でられる。

本当かはわからない。
本当はムリをしていたらどうしよう、
だけど、そんな風にムリをしてくれるのがちょっとだけ嬉しいとか
思っちゃいけないのに思っちゃう私って酷い子だ。

「…いや、俺のほうが酷いやつだから」
「え?」

口に出していないハズだったのに、言っていただろうか
「…なんでもないよ、アキ」
にっこりと笑われてごまかされる。





お昼の始まりのチャイムと同時に購買部に向かう。
この頃ドローパンを買って晴れた日は木陰で食べるのが日課になっている。
…たまに、あの不動遊星ってやつが先に来て木の上に寝転がったり、座ったりしているのが困るけれど。
先にここを使っていたのは彼だから、文句は言わないことにしている。

お昼休みは凄く混んでいて、もみくちゃにされながらドローパンを買うのは大変だ。
なるべく人に当たらないようにと思うけれど、上手くいかない。
今日は特に人が多くてなかなかパンが取れない。
どうしよう、と思っていると
「…ひとつでいいか?」
聞き覚えのある声が聞こえて、ひょいっとパンを一つ掴んで私に渡してくれた。
「…不動、遊星」
「ああ」
にこりと微笑まれて、邪魔になるぞとくいっと人ごみから引っ張り出される。
「…余計な世話だったか?」
「…そんなこと、ない」
小さくありがとうと呟く。

会計を二人で済ませて、いつもの場所に行こうとするけれど、遊星も一緒の方向みたいだ。
会話は無いけれど、嫌な沈黙じゃなかった。

…遊星は口数も少ないし、むしろ黙ったままのほうが多いけれど、
私の事に関しては何も言わない、聞かない。
自分の事も喋らない。
ただ、今日はいい天気とか、そんなことしか喋らない。
一緒にいても、傍にいても…嫌じゃなかった。

「遊星も今からお昼、よね」
「ああ…一緒に食べるか?」
びっくりした、そんな風にこの人が言うなんて。

「え、うん、遊星が嫌じゃなければ…」
「じゃあ、いつものところだな」
きゅっと手を握られて、二人で歩く。

…遊星は、一緒にいても嫌じゃなかった。





また雨の日、私は十代と他愛の無い話をする。
「…すごいのよ、このまえ、私はじめて黄金のタマゴパン食べたの!!
…タマゴパンを取ったのは、遊星なんだけど」
「へえ、すごいな」
十代は笑っているのに、なんだかその笑みがおかしい気がする。

「…十代?何か、私…」
貴方の機嫌を損ねるようなこと、言ったかしら。
「あ、違う、違うから!!アキの所為じゃないから!!」
慌てて十代が否定する。
「…じゃあ、まさか体調が悪い…とか?」
「…ううん、違う、大丈夫」
だから、アキの話を聞かせてくれよ。と十代が笑う。

「…この頃、本当アキは遊星、遊星、ばっかだなぁ。いい友達になれたみたいでよかったけど」
「…うん」
いい友達だと思っていいのだろうか、私が一方的に思っているだけかもしれないけれど、
十代にそう言われると友達だと思っていいのだろう。
「ねえ、今度…遊星もこっちに誘ってみてもいい?」
十代に遊星を紹介したい、きっと二人もいい友達になれると思うから。
思った、のだけど。

「あ、それはダメ」
ずばっと十代が言う。

「…どうして?」
「だってさ、この頃のアキってば遊星、遊星、ばっかだろ?
遊星がここにいて…アキが俺の事ほったらかしで遊星とか言われたら嫉妬しちまうから」
俺、嫉妬深いから…何するかわからないぜ?
ニっと笑う。その笑みはちょっとだけ凄みがあった。

優しい口調だけど
十代は、ここに遊星には来てほしくないのだとわかったから、ごめんなさいと謝る。
「こっちこそゴメンな、ワガママで。
でも、遊星とは仲良くしろよ。そいつなら…そいつと一緒ならアキが楽しい学園生活送れそうだし」
「うん」
そう言われるとなんだか嬉しくて笑うと、十代が苦虫を潰したような顔をしてアーと呻く。
「もー本当、なんだか悔しいぜーアキを取られちゃった気分だ」
「そんなこと、無いわ…十代は私の大事な……と、友達、だもの」
一番最初の友達よ、それは変わらないわ、とぼそぼとと呟くと
「あーもう!! アキ可愛いぜ、大好きだー!!」
「きゃあっ」
十代がぱあっと嬉しそうに飛び跳ねながら私に抱きついた。

「十代!!」
「悪い、悪い、でもアキが可愛いのが悪いんだから」

晴れた日には遊星がいて、雨の日には十代がいて、
その時は本当に楽しかった。
ずっとこんな風に楽しく過ごしていけるんだって思い込んでいた。










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