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4:雨の日の悪魔
雨の日、その日は残念なことにアキが前もって来れないと聞かされていた日だったから
…今は試験中らしい、だからしばらく来ることが出来ないのが当たり前だ。
それでも、ちょっとだけ期待しちゃって、こうやって出てきてしまった。
「あー…目、痛い」
カラダも、痛い。
おなかも空いた。
でも、ヒトの食べ物はもう俺にはあまり受け付けなくて…
ハラを満たすには…俺の半身がしていたようなことをするしかなくて、
だけどソレはマズイ事だとわかっているから、出来ないので…じわりじわりと回復するのを待つしかない。
空腹に耐えながら今日も恨めしげに空を見上げる。
今日は雨だと言っても小雨がぱらつく程度で、どちらかといえば曇りに近いから辛い。
ムリをして後で先生に怒られるのも困るし、帰ろうかな、なんて思っていたら誰かがやってくるのが見えた。
よく聞こえる耳と自分の力の所為で、嫌な事に何をしに来たのか聞こえてしまった。
雨の日の廃寮に出る幽霊と、
その雨の日に同じくこの辺りをうろついている黒薔薇の魔女。
くだらない噂を確認しにきたのだろう。
あいつらの心の声を聞いていると、無知で無遠慮で最低で、気分が悪くなる。
ガチャガチャとカギのかかった部屋のドアを叩いたりする3人の闖入者達を見下ろしながら
アキが今日はいなくて良かったと思った。
「…なあ、誰を探しているんだ?」
酷薄な笑みを浮かべながらそいつらに声をかける。
幽霊だ、幽霊が出た、
バカ、人間だろ?幽霊なんかやっぱりただの噂じゃないか。
…なあ、オマエ何なの?それ、コスプレ?
ただでさえ嫉妬でどうにかなりそうなのに、こんな連中が俺の大事な場所に土足で踏み入ってきたのだ。
黒薔薇の魔女の知り合いは包帯男か、まるでハロウィンの仮装みたいで
あの女に良くお似合いだなと笑う男達。
今日はアキがいなくて本当に良かった。
「なあ、デュエルしようぜ。…ずうっとヒマでさ、誰かとデュエルがしたくてたまらなかったんだ」
お腹もちょうど空いて、空いて、もう、たまらなかったんだ。
オマエらみたいなヤツラなんかどうなってもいいだろう?
たべても、いいだろう?
拒絶は許さない。
緑とオレンジ色の魔眼を輝かせながら、ずるりと包帯の下からデュエルディスクを生やす。
ヒイという声が聞こえて、そいつらは逃げようとしたけれど
逃がさない、逃がすつもりなんか無い。
俺の事はかまわない。実際に化け物だからなんて言われても平気だ。
だけど、
魔女だと言われるのを嫌で、嫌でたまらない、
ようやく普段も笑えるようになってきたアキの事をそんな風に言うヤツラなんか、
俺が皆、壊してやる。
*
試験も終わって、ようやく十代のところに行く余裕も出来たのに雨は降らない。
十代に今回の試験も上手くいったのよとか、報告したいのに。
そんなことを思いながらパックの牛乳を啜っていると、遊星が少しだけ慌ててこちらに向かってくるのが見えた。
「…どうしたの?遊星」
私の顔を見て凄くほっとした顔をしていたから思わず聞くと
「…いや、アキは良く…雨の日にあの廃寮近くにいるだろう?
…このまえの雨の日…廃寮で生徒が倒れていたって話を聞いたから…
アキに何かあったのじゃないかって思って…」
よかったと呟く遊星の話を聞いて、青くなる。
雨の日にはいつも十代があそこにいる。
隠しているけれど、十代は結構ムリをしていつもあそこにいてくれていた。
このまえは行かないからと言ったけれど、十代はあそこにいたのかもしれない。
「…私の、知り合い…かもしれない…」
「…そうなのか?」
「遊星、どこにその生徒の人が行ったか…わかる?」
「ああ、わかった、調べよう」
ぴっと端末を取り出して誰かに電話をしている。
トゥルルルという呼び出し音をさせながら、こういうのに詳しいやつがいるんだ。
と小さく遊星が教えてくれる。
だけど、それどころじゃなかった。
はやく、はやく、わかりますように。
十代じゃありませんように。
南海の孤島のこの学園には立派な入院施設がある。
遊星からの情報では倒れた生徒はやっぱりここに入院しているらしい。
患者の知り合いでなければ入れないところなのだけど、遊星がどうにか交渉してくれたらしい、そっと中に入れてもらえた。
「ここ、らしいが…」
面会謝絶の札。だけど、名前が3つ。
…そこには十代の名前は無かった。
ドアについた小さな窓から見える姿も、私の知っている十代の姿じゃない。
知らない男の子達ばかりだった。
「…十代じゃ、無い…?」
安心して思わずへたりこんでしまう。
「…違ったみたいか?ならばよかった」
じゃあ、行こう。と部屋の前から移動することになった。
見舞い客用の小さな待合室で二人で暖かい飲み物を飲む。
大分落ち着いてきた。
「よかったな、知り合いじゃなくて」
「うん」
「…十代というのが、知り合いか?」
「うん、私の…友達なの。いつも雨の日にあそこで会っていて…療養中だって言っていたの、だから」
だから、私の事を待っていて体調を崩して倒れたのかと心配になっていたの。
そう説明すると、そうか。と遊星が頷く。
…だけど、なんだかその顔が何かを考えている風だった。
どうしたのだろう、と思っていると聞き覚えのある声が聞こえた。
「…患者の容態は?先生」
「まあ、このままほっとけば一週間ほどは意識不明だろうにゃー、まあ、実際に患者を見てもらったほうがいいにゃ。
ヨハン君、そっちのほうはどうだったにゃ?」
「…いつもの自己嫌悪で引き篭もってる、出てこねえ」
まったく、十代は…とポリポリと頭をかきながらヨハンが黒髪の先生と廊下を歩いていくのが見えた。
ガタン、と立ち上がり…思わず廊下に飛び出してしまう。
「え、あれ?十六夜アキ…?なんでここに」
「あ、あの…十代は…十代は大丈夫なんですか?」
しどろもどろにあの廃寮で誰かが倒れたのだと聞いて十代かと思って病院に来たと説明すると、
「ああ、大丈夫さ、元気…まあ、相変わらず安静にしないとダメなんだけど」
ヨハンが困ったような微笑を浮かべながら答えてくれる。
「あーちょっと色々あったからさ、十代…しばらくはあそこに行けないけど
…心配しないでやってくれる?一ヶ月もすればケロっとした顔して出てくるから」
ごめんな。と謝られると、十代に謝られているみたいだけど、この人は十代じゃない。
「…会えないんですか?お見舞いとか…」
「それは…」
困った顔をされて、行ってはいけないんだと察する。
「…いいえ、すみません…ご迷惑をおかけしました。
十代に、お大事にってお伝えください」
ぺこりと謝って遊星の元に戻る。
遊星の心配そうな顔を見て、無理やり笑みを作って病院を出る。
私はいつもどおりの日常に戻る。
…だけど、雨の日に…ヨハンの言うとおり、あの廃寮に行っても十代に会うことは無かった。
*
「おい、遊星…カーリーから言われていた資料を持ってきたぞ」
どかりと、学校の新聞部が出している新聞の切り抜きやデータファイルをジャックが置く。
「ありがとうジャック。カーリーにもありがとうと伝えてくれ」
「しかし、おまえがあの雨の日の幽霊なんていう噂を追っていたとはな…」
「ちょっと色々あったからな」
「だが、何故こんな古い時代の新聞までいるんだ?あの噂が出たのは…ここ10年ほどだったと思うのだが」
ジャックが首をかしげるのも仕方無い、俺もきっかけが無ければ気がつかなかっただろう。
ジャックの問いに適当に答えつつ、資料を見る作業を始める。
雨の日の幽霊に襲われて意識不明になった生徒が出て一ヶ月がたった。
アキは雨が降るとあの廃寮に向かい、誰もいないのを確認すると戻ってくる。という事を繰り返している。
その姿があまりにも痛々しくて、
それから、気になることがあって、こうして調べモノをしている。
「…いた」
それは何かの機会に撮ったモノなのだろう、このアカデミアの生徒が集まって写真を撮ったものだ。
まだ学生だったヨハン・アンデルセンやエド・フェニックスが写るその写真の真ん中に、
赤いジャケットを着た茶色の髪の毛の少年が笑顔で写っている。
…一度だけ、アキはいつも雨の日にあの廃寮にいて誰かと会っているみたいだったから、心配で勝手に見に行った。
そのとき、アキと一緒にいるのを見たことがある少年と同じ格好だった。
顔は流石に帽子を被っているからわからないが、きっと同じ人物だ。
持ってきてもらって、今見ている資料は彼がまだ学生だった頃のモノで
…彼の名前は写真と共に何度も出ていたけれど、それが3年生の中ごろから突然新聞から消える。
華々しく活躍する同級生の影に隠れるように。
これ以上はクロウの情報待ちか、と資料を横に置こうとしたら、ドアが開く。
クロウだ。
「…おー、コピーとって来たぜ…すっげえ疲れた」
「すまない、危ないことをさせた」
「いや、ブツ自体は資料室のカギ開けるぐらいですぐに持ち出してこれたし…問題は中身だよ、中身」
コピーするのに中身を見たらしい、ありえねーと連呼するクロウから資料を受け取り、
ぱらぱらとその中身を見る。
その資料を覗き込んだジャックまで「なんだこれは」と呻いている。
俺も同感だ。
彼の在学3年間の行動記録ともいえるその資料はあまりにもありえない事ばかりが書いてあって…
彼が人知を超えた何かであると知っていなければ、資料を投げていただろう。
雨の日の幽霊…遊城十代はその渾名に相応しいとんでもない人物だったようだ。
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