6:嘆きの嵐








目が痛い。
ふらふらとしながら、それでも慣れた手つきで元レッド寮にある自室のドアの鍵を開けて滑り込む。
硬い布団がしいたままのベッドに倒れこんで蹲る。
外はただ過ごしているだけで本当に消耗する。
こうやって建物の闇の中にいるとほっとする。

あれから、何度雨の日は巡っただろう?2回目?3回目?
カレンダーも時計もいつもいるあの場所にも、打ち棄てられたこの場所にあるわけないから、
意外に時間は進んでいない気もするけれど、
雨が降るたびにここに来てしまう。
アキはもう来ない。
来ない。
来るわけが無い。

いつものわかりきった結果じゃないか。
それがどうしてこんなに痛いのだろう。

ヨハンが珍しく怒って新聞を壁に叩きつけていた。
何かしら早口で…怒りすぎで母国語になっていて何を言っているのかわからないけれど、
物凄く俺の事で怒ってくれて、ぎゅっと抱きしめてくれたけど、
足りないんだ、もうそれだけじゃ足りないんだ。

「…すげー女々しいな、俺」
ごそごそとポケットに入れているカードケースを取り出して、一枚のカードを引き抜く。
「…ユベル、こい」
小さく呟いて実体化させる。
魂はここに、僕の中に、俺の体に溶け込んでいるから何も言わないけれど。
俺の感情がカードにも投影されているのだろう、悲しげに微笑んでいる。

だいじょうぶかい?十代。
「ごめん、少しだけ」
本当に君は根性ナシのヘタレなんだから、
「抱きしめていてくれ」
仕方無いね、いいよ、甘やかしてあげる。
声は聞こえないけれど、そんな声が聞こえた気がして、
ユベルを抱きしめて声を殺して少しだけ泣く。


そうして、どれだけ過ごしていただろう、雨が酷くてわからない。
だけど、…人の気配がした。

「…アキ?」
カードをしまって、涙を拭って、ドアをそっと開く。
ほんの少しの期待を胸に。

黒い傘が見えた。
…アキじゃない。

黒い傘を差した不動遊星が物音に気がついて俺を見る。
「…十代っ!!」
痛ましい声で、その声で、余計なものを見て聞いてしまう自分の力が知ってしまう。

は、は、ははは、と笑いが思わず零れる。

なんだよ、オマエがアキに余計なことを吹き込んだのかよ。
違うなんていえないよな、オマエが調べた所為でその情報がこうやって表に出たのだろう?
一瞬遊星が言葉に詰まる。何かを考えた。だけど、まっすぐに俺を見て答える。

「…ああ、その通りだ…っ」
えらいよ、否定していたら、一瞬で殺してやろうと思っていたんだけど。

ただ壁に手をつけていただけなのだけど、ミシリ、とふるい木が悲鳴をあげる。
包帯が千切れ飛んで、袖も突き破って悪魔の腕が姿を現して、デュエルディスクを生やす。

「なあ、遊星…デュエルしようぜ?
…拒絶なんかしないよな?したらすぐに殺してやるから。
…オマエがデュエルに負けても殺しちゃうけどさあ、
だけど、オマエが勝ったら…俺は寛大だから見逃してやるよ」

もう人のフリなんかしても疲れるだけだ、そう思ったらペキポキと嫌な音を立てて背中から翼が生える。
帽子を毟り取るように放り棄てる。
緑とオレンジのちぐはぐの瞳の上にあるもう一つの瞳をさらけ出す。

俺の、異形の姿を見て、遊星がびくりと身を竦ませるけれど、すぐにキッと俺を睨みつけて、デュエルディスクを構える。

「…楽しいデュエルをしようぜ…!!
ただし、オマエの命をかけたデュエルだけどなあ!!」

あはははははは、と狂気を滲ませて俺は笑う。
空はますます暗闇に包まれて、ごうごうと風は鳴る。
…嵐になりそうだった。





あれから、どれだけたっただろう。
雨は何度降っただろう。
これは何度目の雨なのだろう。
だけど…あんな風に十代を拒絶した私に、もう十代に会う資格なんか無い。
十代だってもうきっと愛想をつかしてあの場所にはいない。

私は、どうすればよかったのだろう。
アカデミアの、あの廃寮がある方角が見える窓で一人、窓辺でずっと考えている。
答えなんかでない。

私は、十代の事をどう思っていたのかはちゃんとわかるのに、
大事な友達だったのに、
今もどうすればよかったのかずっと考えている。

一度だけ遊星にすがり付いてしまったけれど
「…自分でちゃんと考えるんだアキ。…答えを他人に求めてはいけない」
凄く厳しい答えだったけれど、
遊星は凄く自分の事を思って、そう言っているのが伝わったから、思わず頷いてしまった。

そうしてまたぐるぐると思考にはまってしまって答えは今日も出ないまま。
私はここで立ちすくんでいる。


ばたばたと慌てて歩いている音が近づいてきた。
「…まったく酷い雨だ!!…こんな中呼び出して…どうでもいい用事だったら怒るぞ!?」
「怒るなって、頼むから…正直ヤバイんだよ、いつ爆発してもおかしくないんだ」
「わかっている…っ!!冗談だ!!」
「助かるよ、俺の家族達だけじゃ本気になったアイツ止められないから、エドのDシリーズも一緒なら…」
ぶつぶつとエドが文句を垂れながら、ヨハンがそれを宥めながら、
でも真剣な顔をして歩いている。

途中でぴたりとヨハンが止まる。
虚空で誰かと喋っているみたいだ。
「…まずい、十代が誰かとデュエルしはじめたみたいだ、…やばい、本気出してる。
相手…死んでしまうかもしれないって、ハネクリボーが!!」
「…おいおい!!アイツはあそこで大人しくしているはずじゃないのか!?
あのアキって子に拒絶されてから…」

そこで、ようやく私の存在に気がついたらしい。
「十六夜アキ?…じゃあ、十代はあの寮で誰と…」

…ちょっといってくる。俺も、あいつを傷つけた、だから…。
遊星がそう言って、小さく笑いながら傘を差してあの廃寮に向かった。

「…遊星?」
がくがくと足が震える。
意識不明になった生徒達の姿を思い出す、あんな風に遊星がなったら、
十代がそんなことをしようとするなんて、信じたくないけれど、
どうしよう、どうしよう、どうしよう、私の所為だ。

「悪いが先に行くぞ」
「ああ、頼んだ」
エドが走り出すが、ヨハンは座り込みそうになっている私をそっと支えてくれた。


「私、私…ひどいことを、十代に」
「…みたいだな」
「どうしよう、私の所為で遊星が、十代が…」
最悪の結末を想像して、涙がぼろぼろと零れる。

ヨハンが私の正面に立って、そっと頬を包んでまっすぐに私を見る。
「…大丈夫、俺が、俺達が、絶対にそんなことさせない
十代も、君の友達の遊星って子も大丈夫」
だから、大丈夫だと笑う。

そんなことよりも、今大事な事をハッキリさせよう、そう言ってヨハンが私に問う。
「なあ、君はどうしたい?」

あやまりたい。十代にあやまりたい。
拒絶されることがとても辛くて、苦しいことだって私は沢山知っている。

でも、怖いの。
十代の異形の姿が、人でないのが怖いんじゃない。
十代が許してくれなかったらどうしよう。拒絶されるのが怖いの。

「ばかだなあ、十代はわかりやすいヤツだぜ〜?
謝ったらすぐに許してくれるって。…そういうヤツなんだ」

本当に?
「ああ、アイツの大親友である俺が言うんだぜ?」

じゃあ、行こう。
そういって手を伸ばされて、私はその手を掴み返す。

「早く行かないとエドのヤツにイイところ、ぜーーんぶ取られるからなあ
俺のレインボードラゴンの出番は取っておいて欲しい」
君は運がいいかもしれない。
D-ENDと究極宝玉神レインボードラゴンを同時に見られるかもしれないんだぜ?
にこにこと微笑んだヨハンと二人で走り出す。

大丈夫、大丈夫なんだと自分に言い聞かせて

まだ終わっていない。
物語の幕は悲劇でなんか終わっていないのだと信じて。






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