LAST:雨が止むとき







「ちょっと昔話でもしようか?」
手札を見ながら、きっかけは特に無いのだけど、話を勝手に始める。

俺はさ、学生時代に、あれって2年生の時だっけな。
破滅の光と戦う宿命を背負ったんだ。
それから色々あって、俺は人をやめちまった。
まあ、そこらへんはオマエが見た資料に色々書いてあっただろうから割愛するけど。
別にさ、後悔なんかしていない。
俺がこの力を手に入れたのは、闇に落ちたのは、
この世界を破滅に導いたり、闇に陥れようとする連中をぶちのめす為に手に入れたんだから。

だけど…10年ぐらい前かなあ、あいつら、本気だしやがってさ。
この世界って、すげえ危機に陥ったんだぜ?お前らは知らないだろうけど。
その時に酷く消耗してしまって、回復するまでここから動けなくなった。
…本当はこうやってデュエルをしてデュエルした相手から力を奪い取ればもっと早く回復できるんだけどさ、
やっぱり、それはやったらいけない事だろ?
だから、ずっと我慢していたんだ。
そんな事をしなくても、このアカデミアってデュエルが頻繁に行われているから…
そういう力が集まる場所があるんだ、そこにいるだけでゆっくり回復はするんだ。

…そういう事で回復するって時点で本当、もう人間じゃねえよなーなんて最初は気楽に思っていたし、
後悔はしていないってずっと思っていたんだ。
だけど、どうしても寂しくてたまらなくなる時がある。
そういうときにはこっそりとそこから抜け出して、ここで過ごして…いろんな人と知り合うけどさ、
結局、皆…俺の正体を知ると逃げるんだ。

辛くてたまらないさ。ヨハンやエド、俺の事をわかってくれている仲間がいるけれどさ
どうして、とか思うこともある。

…まあ、そんな風に悩んだり出来ると、
なんとなく…俺ってまだ人間なんだなあなんて思うし、仕方無いからと諦めていたんだけど

はあ、と一つため息をつく。

「…でもまあ……もう嫌になった。疲れたんだ」

もういいや、全部終わらせてしまおう。そう思ったんだ。

本当はつき合わせて悪いと思ってるんだぜ?これでも。
でも、ごめんな。
…おまえがわるいんだ。





油断なんかこれっぽっちもしていなかった。
どんなデュエルをする相手なのかわからないから、探るようにデュエルをしていた。
主力の一つであるジャンク・ウォーリアーを召還したまではこちらが有利だったように思うが、
そうして、一進一退のデュエルが進む中、十代はそいつを召還した。

「…俺の魂、見せてやる…こい!!ユベル!!」
攻撃力0のモンスター、繰り返しになるが油断なんかしていなかった。
「ジャンク・ウォーリアーを攻撃!!…ナイトメアペイン!!」
「…なっ!?」
普通ならありえない攻撃、だけど、ダメージを受けたのは俺で、
そして受けた衝撃は本当のもので。
「…っあ、ぐっ!?」
よろりとよろけるがなんとか足を踏ん張ってその場にとどまる。

「…いやいや、結構がんばるなぁ」
『意外と丈夫なんだねぇお前』
「前に戦ったあの3人なんかさ、ライフが100減ったぐらいで」
『痛い、怖いと泣き叫び始めたのにね』

ははは、くすくす、と似た姿の二人の悪魔が笑う。


「俺には生贄が毎ターンいるんだよなあ、まあ、ちゃんと手は打ったけど。
エンドフェイズに墓地のサクリファイスロータスを場に」
『生贄になってもらうよ?サクリファイスロータス』

さあ、オマエのターンだ。
そう笑う十代達に、俺はどうしたらいいか迷う。

受けた攻撃をそのまま跳ね返す上に戦闘では破壊されない。なんて厄介なモンスターだ。
自分の場と手札を見て…あのユベルを破壊して、十代に攻撃を通す方法が無いことも無い。
だが…嫌な予感が消えない。

考えても仕方無い。そう思って自分のターンを進めようとする。
「俺の…!!」
「十代!!…お前、何をしているんだ!!何をしているのかわかっているのか!!」
俺のターンと叫ぼうとした瞬間、白いスーツの男が割り込んでくる。
プロデュエリストの…十代の後輩の…エド・フェニックスだった。

「…エド、邪魔をするなよ」
「邪魔してやるよ!!相手なら僕がしてやる!!」
『困ったやつだな、まあ、君らしいのだけど』
十代とユベルがお互いの顔を見合わせて笑う。

「…十代!!いい加減にしろ…!!」
俺を庇うようにエドが俺の前に立つ。

「あいつは、今あの場に出ているユベルは、厄介なんだ。
…破壊しても、次の形態が出てくる。
次の形態はエンドフェイズに場のモンスターをすべて破壊する」
大丈夫か、と俺に語りかけながら、急いで俺に説明する。
「おい、エド〜ばらすなよ、面白くないだろ…?」
「煩い、お前の相手は僕が引き継ぐって言っているだろう」
ばっとエドがデュエルディスクを構えるけれど

『嫌だよ』
酷く近くでその声が聞こえると思ったら、がっと首を掴まれて、締め上げられていた。
「がっ…あっ…ぐう…!!」
「十代!!やめろ!!」
「やめるのはエドだぜ?…邪魔をしてみろよ、俺はコイツを殺す」
『僕は本気だよ?僕を、十代を殺人者にしたいの?』
「ふざけるなっ!!」
そう叫んだ後ぎりぎりと唇をかみ締めるエドに、首を絞められながらもなんとか首を横に振る。

『へえ〜…ねえ、エド。その男はやる気あるみたいだよ?』
「…なっ!?」
どさりと地面に放り投げられる。慌ててエドが俺に駆け寄る。

「…おい、遊星とか言ったよな?…本気なのか?」
「…はい、俺は…やります」
「なら、勝て。絶対に勝て」
エドは悔しそうに、小さくそう呟いて後ろに下がる。
その言葉にごほごほと咳き込みながら、彼に頷きながら、立ち上がる。

そう、投げるわけにはいかない。
俺は、このデュエルを降りるつもりは無い。
俺は勝つ。勝たないといけない。
アキのために、
そして、十代のためにも。

「…俺のターン!!」

そうして、デュエルは再開する。





はあはあ、と息を切らせながら雨の中走る。
いつも通っていた道なのに、酷く距離があるように感じる。
黙っているのが、沈黙が嫌なのか、ヨハンが聞いてもいない話を勝手にする。

「…十代はさ、俺の命の恩人で、大事な人なんだ」

だからさ、俺はいつだってあいつに笑っていてほしかった。
あいつが、もういっそ精霊界にでも隠遁するか、
カードにでも封印してもらったほうが楽になるんじゃないかなとか言うんだけどさ…
「それっておかしいだろ?なんでそんな目に十代をあわせなきゃいけないんだ」
そう思っていた。
だから元の人間の姿に戻してやりたくて、あいつには内緒でこっそりとその方法を探したりして
「でもさ、俺は、俺達は、あいつを傷つけることしか出来てないんじゃないかって、思うときがある。
…どうしたらいいか、わからなくなる。
俺もさ、アキとぜんぜん変わんないよ、本当はどうしたらいいかなんかわかんねえ」
大人なのに情けないよな。

「まあ、あいつが暴走していたら、一発殴って止めるって決めているんだけどな。
あいつ思いつめるとすげえ怖いけど、俺はもう慣れちまったし」
というわけなんで、とヨハンがニカっと子供のように笑う。
「まあ、色々ショッキングな場面見るかもしれないから、覚悟決めてくれ。
慣れないと、十代とこれからも付き合ってなんかいられないぜー?」
「…はい」
ヨハンの笑みにつられて、私もぎこちなく笑う。
不思議な人だった。
緊張でがちがちだったけれど、この人の言葉で随分といらない力が抜けた。

大丈夫、できる、私ならちゃんとできる、言える。
十代に謝ることが出来る。
ぎゅうっと私のデッキを握り締める。
私がどれだけ何が出来るかわからないけれど。
…こんな私でも、何かできるかもしれないから。

森を抜けて、廃寮に続く道に出る。





おいおい、こいつ随分としつこいじゃないか。
少しだけ焦る。
攻撃を通そうとしても、あれこれ手段を講じて俺の攻撃を封じる。

あのドラゴンは厄介だ。
遊星のエースモンスターであるスターダスト・ドラゴン。
まさか、ユベル・ダス・アプシェリッヒリッターの効果を逆に使って
この僕を、俺の第2形態を破壊するなんて。

流石に、最終形態であるユベル・ダス・エクストレーム・トラウリヒ・ドラッヘを破壊されれば…今度はこちらがヤバイ。
ここまでこんなに追い詰められるのは久しぶりだ。

まあ、だけどこれでおしまいだ。
遊星の場には一枚カードが伏せてある、おそらく俺の攻撃を防ぐ何か、
こちらの手札にサイクロンが、場には神の宣告。
念のためにその伏せカードを破壊してしまえば…
たとえそのトラップ自体が破壊されることによって効果が出るものだとしても
俺の勝ちは揺るがない。

「…随分頑張ったって褒めてやるよ」
『だけど、もうこれでお終いだよ』

それでも、遊星はまっすぐ俺を見ている。
ライフだってもうわずかなのに。
もう、打つ手だってあまり無いだろう?
恨めばいいのに、こんなに酷いことをする俺の事なんか、憎いとか、そう思えばいいのに。
こいつと戦っていると、とっくの昔に失ってしまった何かを思い出すようで、
取り戻せない何かを見ているようで、苦しくてたまらない。
だけど、視線は外せない。
…外したら、俺の負けな気がして。

「怖いのか」
「何が?」
オマエの何が怖いって言うんだ。
「…俺を殺したら、アキがもう二度とお前に笑いかけてくれないって思うと、怖いんじゃないかって言っているんだ」
「怖くなんか」
ないって言えなかった。

本当は怖かった。
だけど、なんで、それをお前がそれをわかるんだよ!!

かっとなってメインフェイズを飛ばしてバトルフェイズをはじめてしまう。
「…ユベル・ダス・エクストレーム・トラウリヒ・ドラッヘでスターダスト・ドラゴンを攻撃…!!」
しまったと思った。
伏せカードを破壊してからにしようと思ったのに。






戦っている二人が見えた。
遊星のスターダスト・ドラゴンと対峙する禍々しいという表現が似合う黒いドラゴンが遊星を攻撃しようとしている。
「ちょっと待てよ!! アキ!!」
ヨハンが制止するのを無視してデュエルディスクを構える。
お願い、力を貸して私のカード達!!

『…ナイトメアペイン…っ!!』
「遊星を守って…!!ブラックローズドラゴン!!」
激しい雨の中、真っ赤な薔薇が咲き誇る。
私は、遊星を守るためなら…十代を止めるためなら、この忌まわしい力だって使いこなしてみせる。
今、使いこなせてなければ、いつ、使うの!!

「…っ!!」
「アキ!!」
黒いドラゴンの攻撃を受け止めてブラックローズドラゴンが砕け散る。
何故か私の体に衝撃が走る。
揺らめく視線の向こうに、遊星が叫ぶ声と、呆然として私を見ている十代の姿が見えた。

痛い、だけど、十代の心はもっと痛かったはずだ。


「ごめんなさい、十代…」

大丈夫、まだ歩ける。歩きながら十代に手を伸ばす。
「私、謝りたかったの、私は誰よりも拒絶されることがどれだけ酷いことか、
辛いことか、知っているのに、十代に酷いことをして…」
あ、あああ、と十代が泣きそうな顔をしている。
「もう、十代は私の事を友達なんて思っていないかもしれないけれど…」

それでも、私の一番最初の友達は、十代よ。
今も、友達だって思ってるの。

ほら、だって、異形の腕で抱きしめられたって、全然怖くないもの。





アキはそう言うと気絶してしまった。
痛かっただろうに。

そのおかげで目が覚めた気分だった。
俺は、なんてバカなことを、感情に流されて…
これじゃ、覇王になったときと変わらない。

だけど、
そっかあ、俺、嫌われたりしていなかったんだ。それが酷く嬉しかった。
遊星の事もそうだ。
いつも俺の事を心配しているヨハンやエドも…他の皆もそうだ。

…本当に俺はバカだなあ。
こんなに大事に思われていたのに、一人で勝手に寂しい、一人だなんて思い込んでさ。
見ないフリをしていただけだ。

ははは、と力なく笑う。
涙が一粒、零れ落ちる。

本当に、バカだ。

ぐしぐしと、乱暴に涙を拭う。
泣いてなんていられない。
「…ヨハン、アキを頼む」
「ああ」
そっとアキをヨハンに渡す。
…まだデュエルは終わっていないから。

「デュエル、続けようぜ?…俺のバトルフェイズから、もう一度、スターダスト・ドラゴンを攻撃だ。
その伏せカード…オープンしろよ」
オープンされるカードはアストラルシフト。
自分のフィールド上のモンスターが攻撃されるとき、自分への直接攻撃にして、カードを1枚ドローするカードだ。
…それを妨害することは出来たけれど、やらないことにする。

「カードを1枚ドローする」
「これで俺のターンは終わったぜ」
引いたカードは何かわからないが、俺に勝つためのカードを引いたのだろう?
表情でわかる。

「俺のターン…ドロー!!
自分の場にスターダスト・ドラゴンがいる時、墓地からスターダスト・シャオロンを特殊召還する!!
…そして、セイヴァー・ドラゴンを召還!!」

集いし星の輝きが、新たな奇跡を照らし出す!!光差す道となれ!!
シンクロ召還…!!光来せよ、セイヴァー・スター・ドラゴン!!
遊星の叫び声に呼応するように神々しいドラゴンが舞い降りる。

その効果は…、本当、今の俺にとっては最悪の相手だった。
1ターンに1度、相手モンスターの効果を無効にする。
効果が無効化されれば、ユベルはただの的だ。
「…悪いが、勝たせてもらう」
「ああ、俺の負けだよ、遊星」
お互いにライフの削りあいだったから、セイヴァー・スター・ドラゴンの攻撃力3800が通れば俺の負けだった。

「セイヴァー・スター・ドラゴンでユベル・ダス・エクストレーム・トラウリヒ・ドラッヘを攻撃!!
シューティング・ブラスター・ソニック!!」





十代のライフが0になる。
デュエルが終わったことでキラキラとお互いの場のモンスターが光のかけらになって散る。

セイヴァー・スター・ドラゴンがざあっと風を切って空を飛びながら消えていく。

「あー、青空だ、久しぶりに見た」
十代が何か憑き物が落ちたような声で呟くのが聞こえたから、十代のほうを見る。

「…お、おい、十代!!」
エドが焦ったような声を出して、ヨハンが息を呑む。

きらきらと光の粒子を零しながら、十代も消えようとしていた。
「…どうも、限界だったみたいだ。
それにあれが普通のデュエルのわけ無いだろ?
あれだけ派手にデュエルして…負けたらこうなるさ。
まあ、寝てりゃそのうち回復して出てこれるだろうけどさ」
どれぐらいでまた出てこれるかなあ?
ちょっとわかんないや。と十代が笑う。

「だからさ、遊星…アキが起きたら…俺からもゴメンって謝っておいてくれよ。
多分、言えそうにないからさ…だから…怖がらせて、ごめんって」
遊星も、ごめんな。
ヨハンも、エドも、迷惑をかけて、ごめん。

「待て、十代…っ!!」
一方的にそう言って消えていこうとする手を掴む。
もうほとんど感触のないけれど、まだ掴めるから、間に合うはずだ。
「約束、したんだろう?いつか、アキとデュエルするって!!
…だから、俺とも約束しろ…!!戻ってきてアキとデュエルするって」
「難しいことを言うな、遊星は」
「諦めろよ、お前が負けたんだからさー」
困った顔をする十代にヨハンが追い討ちをかける。エドも頷いている。

「わかったよ、本当降参だ…約束する。ちゃんと帰ってくるから。
その時には遊星ももう一度デュエルしてくれよな?」
「…次は、こんなデュエルではない普通のデュエルをやってくれ」
「はいはい、わかったって…ああもう、楽しいデュエルだったぜ!!」
ほんのすこしヤケクソ気味に、ガッチャ、と笑いながら十代が今度こそ消える。

誰もいなかったみたいに、綺麗に消えうせてしまった。

だけど、約束は残ったから。
形には無いものだけど、残ったものがあるから、大丈夫だと信じている。


気絶したままのアキをそのままにするわけに行かなくて、医務室に向かって歩き始める。
「…それにしてもさ、本当最後まで勝手だよな、アキにどう説明するんだよ…」
「…泣くだろうな、どうにかできるのか?」
「……頑張らせてもらう」
ため息を思わずついてしまうけれど、こんなことになった原因の一端は自分だから、甘んじて受けよう。



セイヴァー・スター・ドラゴンが雲を切り裂いたのか、風を呼んだのか
真っ青な青空が広がって、雨はどこかに消え去っていた。




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